善悪の天秤 斉藤家に伝わる手記

もぐら

第1話

私が初めて、我が斉藤家に伝わる手記について聞かされたのは、五十代に差し掛かった頃でした。

病床に伏せる母親に呼ばれて、温かいお茶を入れに行った時の事です。

母は私に、極めて真剣な面持ちで語り始めました。

「我が家には、室町の時分から伝わる手記がある」

家宝。母は、その手記をそう呼んだ。

斉藤家に生まれ、七十歳を迎えた者だけが、その手記を開く事が出来る。

そう言った後、母は少しだけ考えて、言葉を訂正しました。

斉藤家に生まれた者は、七十歳を迎える前夜に、その手記を開かねばならない。

その訂正に、どんな意味があるのか、理解する事になるのは、それから二十年近くが経ってから、私が実際に手記を開いた時でした。


その手記は、ひどくぼろぼろで、室町から続く家宝である、という母の言葉に、信憑性を与えていました。

開くと、そこには、人間が十年に一度、己の善悪を測られる「査定」について、びっしりと記されていました。

手記の序盤は、七回目の査定の記憶を持ち帰った者が、その驚きを記しているだけでした。

そして、手記が進むにつれ、筆跡が次々に変わり、査定についての細かな記述が、徐々に濃密になっていきます。

亡き母が、何故、あの時、あのような訂正をしたのかが、今なら分かります。

私は今宵、七回目の査定を受けます。

この手記を読んだ私は、先人の残した知識を携えて、より濃密な情報を、閻魔から巧妙に引き出し、ここに記す事が出来るでしょう。


後に、斉藤かなえは、この手記で得た知識の全てを活用し、人間を小馬鹿にする閻魔に、強烈な一矢を報いる事になるのだが、それはまた別のお話である。

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