失恋した俺は天文サーのゴシック少女に目をつけられたようです

神田椋梨

第1話 棚からぼた餅、橘中の楽

***


「ご、ごめんね。棚柄たなからの事は普通の友達だと思っていたよ。これからも友達じゃダメかな?」


 目も合わせず気まずそうな表情で涼子りょうこさんが言い放った。一言目で敗北を知り、二言目で自らの勘違いを痛い程に認識し、三言目で事実上の疎遠そえんを悟った。

 わかった悪かった、と返事を絞り出すと、涼子さんは作り笑いを浮かべたまま、回れ右してサークルの部室に駆けて行った。


 俺はその後ろ姿を眺めながら、今後四年間続くはずだった花の大学生活が、早々はやばや終焉しゅうえんを迎えたことを受け入れられずにいた。


 俺、棚柄たなから餅太へいたはショートカットの乙女、河川敷かせんじき涼子りょうこに、高校時代から並々ならぬ恋愛感情を抱いていた。しかしながら生まれ持っての優柔不断ゆうじゅうふだんさと我が身可愛さのせいで、機会を逃し続け、結局三年間一度も思いを伝えられなかった。


 そこで諦めれば良かったものを、盲目な恋心に支配された俺は、涼子さんが行くと言った県内の大学に追いかけるように入り、興味の無いテニサーにも付いて入った。


 少しでも振り向いて貰おうと、ダサ眼鏡を慣れないコンタクトに変えて、髪型だって思い切って前髪重めに変えた。お洒落な服を買い、性格も振る舞いも陽キャラを装った。


 けれど、この瞬間に全てが終わった。

 無駄な勇気と決心だったのだ。


「終わったな、ハハハ」


 虚しさと共に口をいて出た言葉は、誰にも届くこと無く消えていく。浅い付き合いの同年の奴らが、遠巻きに嘲笑ちょうしょうしているのが嫌でもわかった。

 俺は腹いせに手に持ったラケットを地面に叩きつけた。するとラケットはポキッと情けない音を立てて折れてしまった。


 ああ、このサークルにはもう顔を出せないな。

 春の夕焼けの下、俺は生来の自分を偽ってまでして作った居場所を、一瞬にして失ったことを悟った。


 ***


「はぁ、やってらんないよ」

 俺は真夜中23時だというのに、外をブラブラしながら一週間前の悲劇を思い返している。


 この一週間は毎晩目的の無い散歩をして、持て余した感情をまぎらそうとしていた。

 散歩と言っても、下宿近くにある川沿いの道を通ってコンビニへ向かい、雑誌やら菓子やらを適当に物色した後、辛いラーメンを買って帰るだけだった。


 別に失恋の辛さから、居ても立っても居られなくなったわけでは無いし、他のサークルの勧誘期間が終了したせいで、新しい居場所の当てを無くして悩んでいるわけでも無い。

 ついでに言えば、河川敷という響きに未練がある訳では断じて無い!

 まぁ夜中ということで、服装も髪型も気にせずに外出できるのは、孤独な生活の歪んだモチベ―ションになっていた。


 今日はやけに辺りが暗い気がして、ふと見上げると、満点の星空が広がっていた。 

「月明かりが無いのか、こういうの新月って言うんだっけ」

 思わず頭上の光景に見惚れてしまう。

 そらの存在が大き過ぎて、怖いような温かいような不思議な感覚に陥る。光の点が一斉に落ちてくるようだし、暗黒の部分はどこまで行ってもベタ塗で吸い込まれそうだ。大恋愛の未練も吸い込んでくれないかしら、なんて漠然と考えてしまう。


 感傷に浸りながら歩みを進めていると、川沿いのいつものコンビニの光が視界に入った。小走りで店に向かうと、入口付近で既視感のある三人組とすれ違った。

 1週間のうち3回は同じように遭遇していたし、どうにも繋がりの分からない集団のため、すっかり記憶に焼き付いていた。


 一人は長身短髪のワイシャツ男。落ち着いた雰囲気とにじみ出る好青年感が、深夜のコンビニと致命的にミスマッチだ。あと何故か、大型の楽器を入れるようなケースを携えている。


 もう一人は、金髪ロングの片耳ピアス女。金色のラインが入った黒ジャージに身を包んだ、ザ・ヤンキースタイル。顔は綺麗めだけど、わざとらしく目つきが鋭い。


 最後の一人は、金髪女よりは背が高くて黒髪ショートカットの女。何故かゴシック調の黒服、つまりはゴスロリの衣装を着ている。顔は整っていて、目立った化粧はしていないように見える。それと赤く光る懐中電灯を持っている。


 こう得体の知れない連中が真夜中のコンビニからワイワイ出てくるので、初見時は本当に腰を抜かしかけた。


 四回目の遭遇でも怖いモノは怖いので、その三人組となるべく目を合わせないように、いそいそと店内に入った。絡まれなかった事に胸を撫でおろし、本のコーナーをスルーしてカップ麺の棚へ向かう。

 いつものように五分くらい店内を物色し、新作そばにチャレンジするかで三分悩み、結局いつもの辛いラーメンを選択した。


 見知った物の安心感は異常なのである。その点あの三人組は何度見ても、安心という感情とは程遠いな、なんて考えながら会計を終えて自動扉に向かう。


 それは、扉が開いて何気なく一歩踏み出した瞬間の事だった。

 視界の左から白い何かが、ありえない速さで飛び出してきたのだ。


「びゃえっ!」


 驚いて、場末のスナックのオネエみたいな声が出てしまう。

 困惑しながらもひとまずそれを受け取ると、何やら印刷されたA4の紙らしかった。


『天文観測サークルへようこそ』

 この文字列が全ての行に延々と明朝体で印刷されていた。さながら呪いの書物、恐怖すら感じる。うわっ裏面にも!


 不穏な紙をくまなく確認し終わると、俺は恐るべき事実に気づいてしまった。この怪しい書物を差し出してきた人物が居るのだ、それも俺のすぐ横に……。

 ああ神様どうか妖怪のたぐいではありませんように、と普段信じたことも無い神に祈って、恐る恐る左に頭を傾ける。


 まぁ結論から言えば、神に祈りは届かず、半ば妖怪のような輩がそこに立っていたのだ。

 赤いライトで顔を照らした、感情の見えないゴシック少女。

 どう間違っても夜中に会話したくない存在だった。


「サークルに興味ありませんか?フフフ」


 そいつはぎこちない笑みを浮かべて問いかけて来た。初心な大学一年生を思想団体に誘う輩が居るらしいが、きっとこういう人の事を言うのだろう。俺は本能的にそれを感じ取っていた。




「さ、サークル⁉ミステリーか?魔法陣か?それとも同人か?」


 恐怖と驚愕で適当に雰囲気のある言葉を並べてしまった。

 ゴシック少女はさっきよりは自然な笑みで続ける。


「いえ、大学のサークルです。今から近くの河川敷で天文観測をします。いかがでしょう?」

「天文観測……ですか。いや、なんか怖いので遠慮しておきます」


 丁寧に断って足早に立ち去ろうとすると、がっちりと腕を掴まれた。


「ひっ!」

「だめです。棚柄餅太さんですよね?あなたに拒否権はありません」

「いいや俺にも拒否権はある!ついでに黙秘権も!てかなんで俺の名前を知っているんだ!」

「フフフ。ならばその質問に対して私は黙秘権を発動します。さぁ行きますよ」


 そう言うと怪しいゴシック少女は、見た目からは想像しがたい力でグイグイと引っ張ってくる。


「痛たた、わかったから!とりあえず君について教えてくれ。君は誰だ?」

「こんな時にナンパですか、ご自分のスペックを考えてからにしてください」


 ジト目で呆れたように睨んできた。


「冗談でもそれだけは止めてくれ。悲しくなってくる……」


 言葉の暴力で少し落ち込んでいると、ゴシック少女はコホンと咳払いして自己紹介を始めた。


「まぁいいでしょう。私はたちばな咲楽さくら。棚柄君と同じ工学部一年生の機械系専攻です」


 へぇ?と自分でも聞いたことの無い声が出てしまった。


「俺は君を、ええと橘さんなんて知らないぞ!こんな特徴的な人いなかったし」

「昼間からこんな格好していたら危ない人です。棚柄君は見た目通り頭も残念なのですね」


 橘さんは中々毒舌らしい。


「くぅう、夜中だったら危なく無いってわけじゃねぇからな!」


 俺が言い返すと、橘さんは手を離してクルリとこちらを向く。


「私はいたって無害ですよ。あと私はいつも棚柄君の右斜め後ろに座っています」


 ふわりとカーテシーをしながらそう言った。

 その優雅な姿に見惚れるよりも、驚きの方が勝ってしまった。

 学科で一緒の講義は週に二回程だけど、女子の割合が極端に少ない学科なので居たら目立つはずだ。でもこんな人居たか?


「ええと、なんとなく名簿にそんな名前があった気がするなぁ、アハハ」

「……背後には気を付けてくださいね、フフフ」

「怖っ!!」


 橘と名乗ったゴシック少女は、そのまま有無を言わさずに俺を川の方に引っ張り続けた。しまいには、河川敷にまで降ろされてしまったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る