第723話 年越しですが何か?
ランドマーク本領での年越しは、大盛り上がりであった。
領民達が城館まで挨拶に沢山訪れ、外で拝んで帰っていく。
たまに、領主の父ファーザが出て行って、そんな領民達と気さくに挨拶を交わしたりしている光景はいつもの事である。
今年もランドマーク家は、与力の次男ジーロやリューも帰ってきていたから、普段通りであったし、それに加えて部下や友人も連れてきていたからパーティーのような状態だ。
兄妹達は、それぞれ妻や婚約者、部下や友人を交えて話し込んでいたし、妹ハンナはノーマンの妹ココを親友として扱い、領内の子供も連れてずっと一緒に遊んでいた。
リューもリーンと共に、イバルやラーシュ、ノーマン達とランドマーク領都内を散歩がてら案内し、行く先々で領民達と思い出話をして盛り上がる。
イバル達はリューの子供時代をそこで知ることになる。
今回が初めてではないイバルはそうでもないが、ラーシュやノーマンは、リューが子供時代苦労していたことを知って意外な驚きに包まれるのであった。
一行が、魔境の森との境にある砦と防壁まで来ると、丁度、仕事を切り上げて森から引き揚げてきた祖父カミーザがリュー達に気づく。
「お? なんじゃ、リュー。城館でみんなと遊ばないのか?」
「おじいちゃん、お疲れ様。今、友達を案内していたんだ」
「確かそっちの金髪少年はイバルだったな。兎人族の女の子とそっちの黒髪の少年は初めて見るのう。どうじゃ? 休みの間こっちにいるのなら、三人共少し鍛えてやってもいいぞ?」
祖父カミーザはラーシュとノーマンを一目見て、鍛えるのに値する子供達だと思ったようだ。
「「鍛える?」」
ラーシュとノーマンは、祖父カミーザのことについては初見であったから、首を傾げる。
「二人共、こちらは僕のおじいちゃんのカミーザだよ。普段は魔境の森で領兵やうちの若い部下を更生……じゃない、一から鍛えてくれているんだ。僕やリーン、スード君もおじいちゃんに鍛えてもらっているよ。イバル君はまだだけどね」
そこでようやくノーマンは自分が所属している総務隊の部下達が話していた地獄の訓練でお世話になったという師匠というのが、この温和そうな初老の男性であることに気づいた。
ラーシュはミナトミュラー商会のみで働いているから、そのことを知らない。
「二人共、せっかくの長期休暇で訪れているんだ。ゆっくりしていいと思うぞ?」
イバルが、ラーシュが全く気付いていないのを感じたのか、遠回しに止めに入る。
「……僕は話に聞くカミーザ様の訓練を経験してみたいと思います」
ノーマンはリューの部下として、これから役に立とうと思ったら、一度は経験しておかないといけないと思ったのか前向きな答えを出す。
「それなら私も、ミナトミュラー商会の一員として、学園での成績を上げたいので断る理由がないです……」
ラーシュはノーマンがやる気を見せていたから、自分も負けていられないと思ったのだろう、どんなものか知らずに同意する。
これにはイバルも「あちゃー……」という顔をするのであったが、こうなると二人を放っておいて自分だけ楽をするわけにもいかない。
「はぁ……。俺も参加させてもらいます……」
イバルは嘆息すると、二人と一緒に参加する決断をするのであった。
「三人共いい心がけじゃ。それなら訓練は新年から休み明けまでやるとしようか。リューとリーンはどうする?」
祖父カミーザは、見所のある三人のやる気に満足すると、孫達にも聞く。
「僕達は新年明けたら、マイスタの街で新年会をするんだよ。領民にも挨拶しないといけないから、数日遅れで参加するね。──あ、イバル君達は全然先にやっていていいよ」
リューは忙しい身であるから、当然の返答であった。
イバルはそれを複雑な思いで聞いていたが、ラーシュとノーマンは上司のリューだけ先に働かせる形で申し訳なさそうにしている。
「二人共、訓練の方が絶対大変だから……」
イバルがボソッとツッコミを入れるのであったが、ラーシュとノーマンはそれを不思議そうに聞くのであった。
こうして、友人達の年始の予定が決まる中、リュー一行は『次元回廊』を使って城館に戻る。
城館前には、未だ領民達がランドマーク家に対する参拝を行っており、人混みが絶えない。
「本当に、ランドマーク伯爵家は領民に慕われているよな。他の貴族領ではありえない光景だ」
イバルが、リュー達の人気の高さを改めてそう評価する。
「私の地元でも、こんな光景は実家以外にありえないです……」
ラーシュもイバルに一部同意した。
まあ、ラーシュが見慣れていた光景とは、『聖銀狼会』傘下の組織やグループの代表が年始に本部事務所に挨拶に来る姿であり、地元住民からは恐れられていたから、その意味では見たことがない光景だろう。
「素晴らしい光景ですね。どの領地でもこのくらい領民に慕われる仁政を敷いている領主がいれば、誰も不幸にならないのですが……」
普段無口なノーマンもこの光景には感じ入ったようで、そう感想を漏らす。
「領民とは苦楽を共にしてきたからね。お父さんは領主として、みんなはそれを支える領民としてお互いを尊重し、頑張ってきたからこその光景かな」
そんな領民が大好きだし、ランドマーク本家の安泰はリューの一番の望みである。
もちろん、今や、ミナトミュラー男爵として、自領の領民の生活も守る立場であるが、原点であるランドマーク家を守ることが、ミナトミュラー家を守ることに繋がると思っているから、その気持ちは変わらないのであった。
「リュー、早く家に戻りましょう。お腹が空いてきたわ」
リーンがお腹を押さえて夕食に期待する。
そこに、外出していたらしいイエラ・フォレスが『次元回廊』を使用して、目の前に現れた。
「時間的に丁度よかったみたいだな。──リューよ、今晩の食事は何が食べられるのだ?」
イエラ・フォレスが、リューの姿に気づいて、すぐに美味しい食事を催促する。
「はははっ! 年越しだから豪華だと思いますよ? ──食堂に準備されていると思うから、みんな行こうか」
リューはそう言うと、一同と共に、城館へと入っていく。
こうして、身内による賑やかで楽しい年越しパーティーが行われ、無事、新たな年を迎えることになるのであった。
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