第715話 天ぷら屋開店ですが何か?

 期末試験を無事終え、リューは天ぷら屋開店の為に王都で活動し始めている長男タウロの手伝いをすることにした。


 と言っても、リューがお膳立てをある程度しているので、長男タウロは王都でやることは父ファーザ同様、貴族達への挨拶回りが中心である。


 天ぷら屋はカウンター席やテーブル席もあるが、個室に力を入れており、貴族がゆったりとお酒や天ぷら、刺身などを堪能できる空間を提供できるように準備していた。


 タウロはリューとの話し合いで前世で言うところのパンフレットを作り、挨拶先でそれを配って説明することで宣伝としている。


 そのお陰で、まだ、開店前なのに、割高設定になっている個室はすでに半月先まで予約で埋まる状況になっており、一般テーブル席やカウンター席のみが当日来店可能となっている状況であった。


 長男タウロは、父ファーザに似て人たらしな人物であったから、行く先々ですぐに人気となっていく。


 中には、タウロをあまりに気に入ったのか、「正妻とは別にうちの娘を側室にする気はないか?」とかなり真面目に聞いてくる者もいたくらいだ。


 長男タウロは丁重に断っていたが、傍にいるリューにはそんな話が来なかったから、この兄の人柄がいかに相手の琴線に触れたか、ということだろう。


 そういうこともあって、天ぷら屋は高級店として予約が絶えないお店になりそうであった。


 そして、開店の日を迎える。


 当日は、ランドマークブランドが手掛ける新たな高級飲食店ということで、予約が取れなかった貴族やお金持ちが開店前の店先に並ぶという状況になっていた。


 元々、王宮で海鮮料理をリューが振舞ったことで、上級貴族の間では、ただの珍味扱いであった海鮮が、王都では味わうのが難しい高級料理として地位を高めていたから、他の貴族の間でもすでに注目の的になっていたのだ。


 だから、その噂が他の貴族や商人、お金持ちの間に広まり、この行列である。


 お金の力にものを言わせて普段並ぶことなどない者達が大人しく並ぶのは、相手が王都では三大商会の一つで飛ぶ鳥を落とす勢いのランドマーク商会であるからだ。


 今や王都の商会関係者から上級貴族に至るまで一目置く存在となっており、商売をするうえで、ランドマーク商会は参考にすべきというのが、常識となりつつある。


 だから、ランドマーク商会の新たな試みとして、ファイ島、ノーエランド王国直送の海鮮を使用した料理を出す王都初のお店というのは、誰もが一度は食べて参考にしようと考えるのであった。



「……リュー。挨拶回りした覚えがない貴族が店先に並んでいるけど、あれは大丈夫なのかな?」


 長男タウロが、店内から外の様子を見てそう漏らす。


「個室はすでに予約で埋まっているからね。カウンター席かテーブル席しか空いていないからそっちで楽しむのだと思うよ」


 リューは慣れた様子で、兄にそう言って安心させる。


 長男タウロは、王都の流儀にまだ染まっていない。


 というのも、ランドマーク本領がある南西部の貴族同士の挨拶などの対応は、古めかしい礼儀正しいものである。


 だが、王都では王家や公爵家、他国の貴族を相手にする時以外は、簡略された挨拶が常識になっていた。


 長男タウロは簡略化されていない対応をするので、王都では珍しいくらい礼儀正しい若者に映っていた。


 そして当人は、貴族を立たせて待たせるということが、失礼になるのではないか? と考えたのである。


「それならいいのだけど……。王都の貴族の間ではこれが普通なのかい?」


 長男タウロは、王都に来て感じていた違和感を口にした。


「そうだね……。王都は地方に比べて貴族の数は圧倒的に多いからね。宮廷貴族もいるし。だから、そこまで権威的扱いはしなくても許される風潮はあるよ。あ、もちろん、貴族の間での話ね? 王都の貴族はそれに慣れているから、お店に並ぶ人はいるよ。まあ、それでも珍しい方ではあるけど」


「だからか。挨拶回りをした時、みんな『ここまで洗練された礼儀正しい挨拶をする若者は珍しい』って感心されていたのはその為なのかな? 地方ではあれが普通だけど、こっちは珍しいんだね」


 タウロはリューの説明を聞いて、色々と疑問に感じていたことに納得したように、そう漏らす。


「でも、礼儀正しいに越したことはないよ。逆に王都の貴族にとってタウロお兄ちゃんの礼儀正しさは新鮮に映っていたみたいだし」


 リューもこの真面目な兄の誠意のこもった礼儀作法を見ては、自分も反省するところがあった。


 王都に染まって、貴族としての礼儀作法が疎かになっていたと思ったものである。


「そうなのかい? やたらと娘を側室に貰ってくれとか言われるから、王都流の挨拶なのかと思っていたのけど、気に入ってもらえたからなのかな?」


 それは、タウロお兄ちゃんが人たらしなだけだよ?


 とは言えないリューは、


「それだけタウロお兄ちゃんの礼儀作法が完璧だったってことさ」


 と答えるのであった。



「二人共、そろそろ開店時間よ。従業員のみんなも準備万端だし、声をかけて上げて」


 外を眺めているリューとタウロの背中に、リーンが声をかける。


「おっと、そうだった! ──タウロお兄ちゃん、どうぞ」


「う、うん。──みなさん、リューのお陰で今日からこの『天ぷら屋』が開店することとなります。お客さんの層を考えると少し緊張するとは思いますが、みなさんはリューの下、立派に指導を受けていますから大丈夫です。それではよろしくお願いいたします」


 タウロが従業員達にそう言うと頭を下げる。


 これには、与力であるリューの下で指導を受けていた従業員達も驚き、感無量であった。


 本家の跡取りが頭を下げてくれるのだから当然である。


「「「お願いします!」」」


 従業員もその態度に答えるように、全員が声を揃えて答え、頭を下げた。


「──それでは、開店します!」


 長男タウロがそう言って、扉の傍に立っている従業員に、合図を送る。


 従業員は頷くと、扉を開けて、並んでいるお客に対して、


「いらっしゃいませ! お待たせしました、店内へどうぞ!」


 と声をかけていく。


 並んでいた人々は待っていましたとばかりに、順番で店内に入っていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る