第689話 身内の被害ですが何か?

 王都周辺域に勢力を持つ『屍黒』の攻勢は、とどまることなく王都中で見境なく裏社会の者達に対して続いていた。


『屍黒』の強みは一般人と姿形が変わらない連中が、突如牙を剥くことにある。


 裏社会の者達は、相手に舐められないように虚勢を張り、その筋の者とわかる格好をするものだが、『屍』を母体とする『屍黒』は、裏社会のさらにその中で潜む組織であったから、その虚勢もないのだ。


 だから一般人に溶け込み、不意に相手を刺すから質が悪い。


 特に人通りの多いところで、それをやるのだからたまったものではない。


 裏社会の者はそういう場を避けるものだからだ。


 警備隊、王国騎士団の厄介にならないように、大衆を巻き込むのを避けるのだが、『屍黒』にはそれがなく、それどころか巻き込むことも辞さない。


 これが、王都裏社会が『屍黒』と相容れない理由である。


 この日も人混みの中、一般人を装った『屍黒』の手の者が、王都裏社会関係者幹部を白昼堂々刺し、その場で取り押さえられた。


 その場は騒然となり、王都民は悲鳴を上げて逃げ惑う。


 最近の『屍黒』の者による凶行は、王都民の間でも知れ渡っていたから巻き込まれないようにしようとするのは当然の反応である。


 これが、同時多発的に王都の各所で行われていた。


 第一次、第二次の大規模攻勢では、各組織の事務所を襲撃するというのが『屍黒』のやり方であったが、それは王都裏社会、いや、『竜星組』によって看破され、罠を張られて打撃を受けたから方法を変えてきたのである。


 個人を襲うというのは、それなりの情報がないと不可能だ。


 二度の失敗を犯している間に、『屍黒』も王都裏社会の関係者の情報を集めていたということだろう。


 それに、二度も王都中を騒がす襲撃を行ったのだから、王都民も自分が知っている裏社会情報を口にして、「物騒な世の中になった」と嘆いて情報交換をするものだから、『屍黒』の連中はその傍で耳を澄ませておけば、標的をいくらでも見つけることができるということであった。


 人の口に戸は立てられぬ、ということである。


 特に王都民にとっては、悪気もなく井戸端会議で近所に住む裏社会関係者を口にして、巻き込まれないようにとご近所さんに注意喚起しているだけなのだから、仕方ない。


 だが、これが、王都裏社会関係者にとっては想定外だったし、『屍黒』にしたら利用できる情報であった。


「──傘下の二次組織の幹部が大通りで刺されました!」


「こっちは三次組織の頭目が重傷です!」


「あいつら、俺達の名前と顔をどこかで特定して、狙ってきています!」


『竜星組』王都事務所に詰めているマルコの元に、そんな報告がいくつも上がってきていた。


「ちっ! いつかはこうなるとは思っていたが、早すぎるぞ!? ──対策通り、負傷者は警備隊に保護してもらって治療してもらえ。うちで保護するとそこからまた、関係者の身元がバレるからな。あっちとはそれで話が付いている。──下の連中には外出時、しっかり、さらしを巻かせておけ。革の服や鎖帷子を服の下から着こんでもいいぞ」


 マルコは予想よりも早く『屍黒』が、段階を速めて攻撃をしてきていることに、驚くのであったが、改めて部下達に対策の徹底を呼び掛ける。


 この事は、マイスタの街のリューの下にもすぐに報告が上がって来た。


「もう、その段階に? ……うーん、こちらも情報漏洩には気を付けていたけど、さすがに限界もあるし、微妙なところではあったんだよね……。──それにしても、あちらの動きが早いね……。でも、まだ、ここは我慢だよ。反撃するにはまだ、情報が足りないからね」


 リューは抗争が、事務所単位の襲撃から、情報を駆使した個人への襲撃に変わることは十分予想していたが、『屍黒』という特殊な組織相手だと、その展開も早い段階で変わっていくことに少し驚きを隠せない。


「さすがに、攻撃する側が有利なのは仕方がないわね。それでもあちらの大規模な第一次、第二次攻撃を罠にかけて大打撃を与えたのだから、本番はここからじゃないかしら?」


 リーンが傘下の被害に動揺することなく、リューにそう助言する。


「そうだね。こちらは『屍黒』と違って王都に根付く形で組織を運営しているから、個人を特定されるのは時間の問題だったし、多少の被害は覚悟していたよ。それでも『屍黒』の動きは、なかなかだよ」


 リューは、敵が物量だけでなくしっかり情報を収集して作戦を練っていることを評価した。


 敵を侮ることは愚かな行為でしかない。


 最悪の想定をし、その対策を考えておくのが上の立場の者の務めであったから、リューはここまでの情報を元に頭を巡らせる。


「リュー、どうするの? また、相手が調子に乗らないように出鼻を挫く?」


 リーンはリューが考えていることに察しがついたのかそう提案した。


「……そうだね。うちから声をかけている個人の殺し屋や暗殺ギルドにそろそろ動いてもらおうかな」


 リューはニヤリと笑みを浮かべる。


 すると、傍で静かにお茶を入れていたメイドのアーサが、


「やった、ボクの出番だね!」


 といつの間にか手にしているナイフを煌めかせて告げた。


「アーサ、その物騒なものどこから出したのさ! 君はメイドなんだからこの屋敷を守ってよ。それが仕事なんだから」


 リューはこの血の気が多い元殺し屋であるメイドを窘める。


「えー!? 若様の敵はボクの敵だよ? それに個人の殺し屋や暗殺ギルドの仕事を手助けをする者が必要になると思うのだけど? それならボクがうってつけでしょ?」


 アーサは殺し屋として腕はもちろんのこと、その経験した数も右に出る者はいない。


 それだけに、この無邪気な言い方でも説得力が断然違う。


「うーん……。アーサも身元がバレないように気を付けてね?」


 リューはアーサの身を案じてそう忠告する。


「ふふふっ。ボクはその辺り、ちゃんと気を付けているよ。いつも仕事中は正体がバレないように覆面とかしているしね。もちろん、若様の他の狙いも理解しているつもりだから、その辺りについても任せて」


 アーサは意味ありげに告げた。


「──わかった。じゃあ、ランスキーとマルコと情報を詰めてから、任せることにするよ」


「うん! わかった」


 アーサはそう言うと、ウキウキ気分でリューとリーンにお茶とは別にケーキも出し、一旦部屋の外に出ていくのであった。


「リューの狙いって、暗殺ギルドの取り込みだったっけ?」


 リーンが、うろ覚え気味に聞く。


「取り込みというかその全貌を知っておきたいというか……。あそこは独立独歩の極みみたいな組織だからね。いつ敵に回られてもいいように、多少は情報を知っておきたい感じかな」


 リューは王都裏社会で寓話に等しい組織が、どこまで味方として計算していいのかわからないので、警戒を怠っていないのであった。

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