第634話 熱戦の準々決勝ですが何か?

 魔術大会準々決勝は、リーン、シズが順当に勝ち進み、注目はリューVSナジン、イバルVSアリス・サイジョーの対戦であった。


 ナジンは前回もベスト8だし、イバルもベスト4という成績だったので、観戦者からすでにチェックされている。


 ただし、ナジン自身は対戦相手がリューだったから、どこまで粘れるかだけに焦点を絞っていた。


 ナジンはどちらかというと、剣術が得意であり、魔法は二の次であったこともある。


 実際、ナジンは試合が始まるとリューの前の対戦相手であるノーマンを参考にしたのか身体能力でリューの牽制と呼べる下位魔法攻撃を躱しながら、中位の火魔法を詠唱する。


 ここまでは展開も同じだ。


 これにはすぐリューもナジンの狙いがわかったのか、


「そう来たか」


 とニヤリと笑みを浮かべるとナジンの次の手に同じように応じることにした。


 ノーマン戦同様、ナジンの火魔法攻撃に対して『大岩障壁』を発動して迎え撃つ。


 だが、この時点でノーマンとはナジンの戦法は違っていた。


 ノーマンは中位魔法を詠唱しつつ、無詠唱魔法との混合魔法で威力を増してリューに攻撃を加えたが、ナジンは中位魔法単体の攻撃だったからだ。


「あれ?」


 リューはノーマンと同じことをして、最後の最後で別の手を繰り出してくると予想していたのだが、単発の魔法だったので気抜けするような声が出た。


 そこがナジンの狙いだったのだ。


 ナジンは繰り出した中位の火魔法がリューの防御魔法に防がれるとその時の爆発に自爆気味に巻き込まれ減点ポイントが加算されるのを恐れず突っ込んでいき、炎の中『大岩障壁』を飛び越えて上に飛び出していた。


 そこで、無詠唱で準備していたもう一つの中位の火魔法を眼下のリューに発動したのである。


 これなら、リューの予想を裏切り、驚いているところに不意を突けると考えたのだ。


 リューは実際、ノーマンのものに手を加えたナジンの作戦に目を開いて驚くのであったが、次の瞬間にはリューも無詠唱でナジンと同じ中位の火魔法を発動していた。


 二人の魔法は爆炎を上げて相殺される。


 だが、両者ともその爆炎が至近距離だった為に、二人の魔導具が減点ポイントを計測していく。


 その炎の中をリューが追い打ちで発動した下位の土魔法『石礫』が、ナジンを捉えた。


 ナジンは空中でとっさに身をよじりそれを躱そうとするが、礫の一つを躱しきれず、直撃が生まれる。


 ナジンはすでに減点ポイントが中位の火魔法二発の爆炎でリュー以上に溜まっていたので、このなんてことはない石礫で十分であった。


 魔導具が負けを示す赤色の点滅したことで、審判はすぐに止めに入る。


「そこまで! 勝者リュー・ミナトミュラー選手!」


「「「わぁー!」」」


 会場から一斉に歓声が巻き起こる。


 先程のノーマン戦を彷彿とさせ、それでいて先程とはまた違った展開でリューに多少の減点ポイントを与えたのだ。


「さっきと同じ展開かと思ったらそう来たか!」


「なるほど……。途中で変更する手法だったのか、騙されたな……。それでミナトミュラーに今大会初の減点を与えたのだから策略家だな、マーモルン家の子息は!」


「前の試合からの間にこんな策を考えるとは見事だ!」


 観戦者からはナジンの善戦に対する評価が高いのであった。



「ナジン君、見事だったよ。最後の最後に戦術を変えてくると思ったら、その手前ですぐに身を削っての奇襲だから驚いちゃったよ!」


 リューは控室に戻るとナジンをすぐに称賛した。


「最初から勝つのではなく、爪痕を残す意味で、リューのポイントを削る健闘ができればいい、という戦法に見えたけど、リューにダメージを与えたのは立派ね」


 リーンもリューを相手に健闘したナジンを褒める。


「自分にはこれが精いっぱいだったよ」


 ナジンもほぼ狙い通りに上手くいったので、負けても満足そうなのであった。



 そして、イバルVSアリス・サイジョー。


 この戦い、まだ十一歳と若い才能に溢れるアリス嬢が序盤から、色々な魔法属性の攻撃をイバルに対して繰り出す展開になっていた。


 それは火、水、風、土といろんな適性を持っていることを主張するような攻撃で、ここまでの対戦相手はみな、これに苦戦させられていたのだが、イバルは冷静に弱点となる属性の魔法を間髪も入れずにぶつけて相殺させるどころか反撃して見せた。


 アリス嬢は、このイバルが自分以上の魔法の才能と対応力で反撃したことに驚き、防御に回る。


 両者は手数も多く、魔法による攻防はこの日一番の多彩さを示したのであったが、アリス嬢以上の天賦の才を見せたイバルが、徐々に距離を詰めながら魔法を使う。


 アリス嬢はその近くなる距離でさらに瞬発的な判断が求められる状況になり、確実に経験の差を見せれられることになっていく。


「あわわですわ!」


 アリス嬢は、徐々に接近してくるイバルに対し、一生懸命相殺する魔法を使うという判断が追いついていかず、直撃を数発くらいポイントが減点されていった。


 そして、イバルが数歩先まで来たところで限界を迎え、アリス嬢は最後水魔法の直撃を受けて腕に付けた魔導具が赤色の点滅を見せて負けを示したのであった。


「──そこまで! イバル・コートナイン選手の勝利!」


「「「おお!」」」


 審判の宣言に観客も盛り上がる。


 この日一番の魔術大会らしい戦いだったからだ。


 純粋な魔法でのぶつかり合いだったから、観戦者も見応えがあり、大きな拍手が両者に送られる。


「アリス嬢に純粋な魔法戦で正面から勝ってしまうとは……」


 ノーエランド王国宰相の嫡男、サイムス・サイエンがイバルの実力に唖然とする。


「魔法は俺苦手だからよくわからないけどさ。純粋な戦いだったよな」


 海軍大元帥の孫シン・ガーシップが、イバルが対戦相手のアリスを尊重した戦い方に感心した様子でそう表現した。


「さすがイバル様でした。アリス嬢は全力を出し切れた試合ですね」


 エマ王女は元婚約者候補であるイバルの、アリス嬢相手に配慮した戦い方をとても感心し、好感を持った様子であった。


 そこに、対戦を終えたアリス嬢が戻ってきた。


 その顔は複雑だが、どこかすっきりした様子も見える。


「姫様、負けてしまいました……。でも、なぜかあまり悔しくないのですわ……」


 アリス嬢は優勝を狙っていたから、負けて悔しいはずのところだったから、自分の感情に困惑するのであった。



「イバル君、横綱相撲だったね!」


 リューが真正面から相手の攻撃を受け切って勝利したイバルをそう表現する。


「ヨコヅナズモウ? あっ。興行でやっているスモウのやつか? ──まあ、相手は年下のお嬢様だし、全力を引き出し、経験を積ませてあげたいとは思ったけどな」


 イバルは異国に留学して頑張っているお嬢様を尊重しての戦い方だったことを告げる。


「さすがだね! 準決勝が楽しみだよ!」


 リューは自慢の部下の良い勝ち方に自分のことのように喜ぶと、次の試合での対戦を楽しみにするのであった。

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