第618話 勧誘の準決勝ですが何か?

 学内剣術大会準決勝第一試合。


 リューVSナジンの戦いは準々決勝でのイバル同様、ナジンがかなり奮闘していた。


 ナジンにしたら、リューに胸を借りるつもりで全てを出し尽くそうと決めており、終始、次から次へと奥の手を出すという戦いぶりであった。


 観戦者もこのナジンの正統剣術からフェイントを交えた奇策、終いには地面に落ちていた小石を投げて不意を突くなどありとあらゆる戦法を使う戦い方に、


「同じ攻撃が一つもないな、彼は」


「文字通り総力戦という感じか」


「勝つために死力を尽くしているのが伝わってくるな。──マーモルン、頑張れ!」


 と一見卑怯と思える戦法も相手がリューということもあり、感心する方向で応援される。


 対戦相手のリューはナジンの攻撃を全て防いでいたのだが、ナジンの全力を好意的に受け止めていた。


 スードにしてもイバルにしても自分に全力をぶつけてくれたのだ。


 対戦はないがランスやラーシュも見事な対戦を見せてくれたし、自分もそれに答えないといけないだろう、と思うから反撃に出る。


 ナジンはリューの性格からそろそろ反撃に出るだろうことも想定して今度はカウンターを狙う戦法に切り替えた。


 これには、リューも紙一重で躱して、内心、


「今のは危なかった!」


 冷や汗をかくのであった。


 リューは改めて気を引き締めると、正統剣術から得意のトリッキーな剣術に切り替える。


 これだけでナジンはリューの次の手がわからなくなり、カウンターも狙うのが難しくなった。


 それどころか防戦一方になり、攻撃は最大の防御という戦術もままならなくなった時、勝負はついた。


 リューの剣先がナジンの喉元に突き付けられたのだ。


「ま、参った……!」


 戦いの激しさを垣間見せる、汗でぐっしょりのナジンが負けを認めた。


「そこまで! ──勝者、ミナトミュラー!」


 審判が一呼吸おいてから、ようやく勝敗を宣言する。


 どうやら審判も二人の試合に魅入っていたようだ。


 その瞬間、観戦者も、


「「「わぁ!」」」


 と歓声を上げて二人の激戦を称賛する。


「凄い試合だった!」


「今回、熱戦ばかりで俺得なんだが!?」


「お前だけでなく、みんな得しているよ!」


 と喜ぶのであった。


 そして、


「次は、ノーエランド王国の生徒二人の準決勝か、楽しみだ」


「シン・ガーシップ、ノーマンの二人もここまでいい試合を展開していたからな」


「どちらが勝っても、ミナトミュラーとの熱戦を疑う余地はないな」


 と期待に胸を膨らませる。


 そんな、準決勝第二試合、海軍大元帥の孫シン・ガーシップVS平民の天才少年ノーマンの戦いは……?


「……すみません、前の試合での怪我が悪化したので棄権します……」


 ノーマンは利き腕を抑えてそう告げると、不戦敗を告げる。


「事前に治療をしなかったのかね?」


 審判は急な申し出に困惑気味な表情で聞き返す。


「……大丈夫だと思っていたのですが、急に傷みだしたので……」


 ノーマンはそう言うと、審判に頭を下げた。


「……仕方ない。君はすぐに治療を受けなさい。──ノーマン選手の棄権により、勝者シン・ガーシップ!」


 審判はノーマンの言葉を信じることにして、シン・ガーシップの不戦勝を宣言する。


 すると、会場からは不満の声が上がった。


「おいおい、普通の怪我は事前に治療する時間があるから、大丈夫なはずだろう?」


「前の試合では、怪我した様子は無かったけどな?」


「体力の問題だろ? 見た目、体力ありそうな感じしなかったし」


「体力の問題なら怪我なんて言わないだろう? もしかして……、仮病か?」


 観戦者からは不戦勝試合に疑問の声が上がるのであったが、真相はわからないまま、決勝進出の二人が決定するのであった。



 リューはリーンと二人、ノーマンのいる控室に訪問していた。


「ノーマン君大丈夫かい? 怪我なら僕のポーションかリーンの治癒魔法で治療するよ」


 リューがノーマンを見つけてすぐに声をかける。


「え? ──ああ、大丈夫です。それより、リュー殿は連戦での激闘ですから、さぞお疲れでしょう? 僕なんかのことはお気遣いなく決勝戦開始ギリギリまで休んでいてください」


 ノーマンはリューが心配してくるとは思っていなかったのか、驚いた様子で断った。


「……もしかして、ノーマン君……。相手が自国の公爵家の孫シン・ガーシップ君相手だからわざと不戦敗を選んだの?」


 リューはこの同じ歳の天才少年が平民という理由で貴族に気を遣っているのをよく見かけていたので、今回もではないかという疑いを持って聞いた。


「……。リュー殿、このことは秘密でお願いします……」


 ノーマンはリューに嘘をついても詮無きことと判断したのか、口止めをお願いした。


「ノーマン君。この王立学園では、貴族も平民も平等に勉強ができる環境にあるんだ。それは校風でもあるし、この学園の自慢でもある。君の行為はそれを貶める行為になりかねない。それにここはノーエランド王国でもないし、その辺りを理解して今後、そういう行為をしないようにお願いね」


 リューは優しく諭すようにノーマンに告げた。


 これには、平民のノーマンも少し驚いた様子で、その注意を聞いた。


「……すみません。僕は国の援助で代表に選ばれた身です。自国の子息令嬢の顔に泥を塗らないように行動するのは当然のことなんです。そうしないと、援助を止められるかもしれないのでそれは難しいかもしれないです」


 ノーマンはリューに謝りながらも平民として当然の弁解をした。


 その行動は貴族を相手する平民の態度としては、正解だろう。


 リューは貴族の一員だから、今まで気に留めることはなかった。


 だが、平民にしたら普段からそういう気遣いはあったのかもしれない。


 実際、護衛役のスードも貴族と平民との気遣いはあるし、リューに対しても雇い主であることに対する態度は変わらないのだ。


「ノーマン君、その気遣いはこの学園では不要だよ。もし、君が今後、援助を打ち切られるようなことがあったなら、僕が代わりに援助しよう。もし、貴族から嫌がらせがあったなら僕が、盾になろう。君はこの学校で誰に気兼ねすることなくその才能を磨いてください。そして、良ければ、僕のところで働かない?」


 リューは立派なことを言っている最中、急にノーマンを勧誘した。


 傍にいたリーンもこれには不意を突かれたのか驚いていた様子であったが、ノーマンの才能自体には疑いの余地がないと思ったのか不満はなさそうだ。


「え?」


 これにはノーマンも驚いてポカーンとしてる。


 まさか、他国の貴族から援助の申し出や勧誘を受けるとは思っていなかったのだ。


「あ、君のご家族がよければ、うちの街に移住しても良いよ? もちろん、好待遇で迎えるから安心して」


 リューはノーマンの心配事を少しでも拭うようにそう申し出る。


「いえ、僕には妹しかいないので……。って、お誘いは嬉しいですが、僕もノーエランド王国の国民ですので、許可なく他国に移り住むことなど許されませんよ」


 ノーマンは普段見せない笑顔を見せると、少し砕けた様子で応じた。


「へー、妹さんがいるの? それじゃあ、一人ノーエランド王国に置いていたら心配でしょ? 君のこととは別にこちらに連れてきてもいいよ。それでうちで雇うよ? それなら、いつでも会えるし、心配の種が減るでしょ?」


 リューはノーマンの気持ちをおもんばかってそう提案した。


「……なんで僕にそんなに良くしてくれようとするんですか?」


 ノーマンはこの喉から手が出るような好条件に息を呑みながら、素直な疑問を口にした。


「それは君が才能に溢れ、努力を惜しまない人物だからさ。僕はそういう人材が好きなんだ。平民の身で国の代表に選ばれるほどなら、疑う余地がないよ」


 リューは当然の評価を当然のようにノーマンに告げた。


「……すぐには返答できませんが、考えさせてもらっていいですか?」


 ノーマンはリューの申し出に心揺れながら、そう答えるのであった。

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