第595話 披露宴ですが何か?(2)

 新郎新婦であるタウロとエリスの結婚披露宴は、順調に進んでいた。


 途中、前世でいうところの祝電である祝福メッセージが記された手紙をいくつか読み上げる段で、その送り主が、自国の国王と宰相であり、それが直筆のものというだけでも列席者は驚きだったが、それだけでなくノーエランド王国の王家からも、メッセージが寄せられている事に一同は何度もざわつく事になった。


「中央でランドマーク伯爵は有名だという話は、商人などからちらほらと聞いていたが、国王陛下や宰相閣下から直筆の手紙を頂ける程とは……」


「それだけ期待されているという事だろう。『王家の騎士』の称号も伊達ではないという事だな」


「……これは派閥の長に伝えて、今後の対応も慎重にするように進言せねば……」


 ランドマーク伯爵家とはいろんな関係性にある貴族達が、この手紙一つで大いに感心し、驚き、今後の付き合い方を再検討する事を促される事になる。


「この会場に来ている貴族の中には、ランドマーク家とは敵対してもおかしくない派閥の代理も招待されているから、これは大きな牽制になるよね」


 リューもしてやったりとばかりに、ほくそ笑む。


 当然これは、リューが手配したものであった。


 クレストリア王家の方は、『王家の騎士』を活かして、リューが直接王宮に足を運び、結婚の報告を宰相閣下にさせてもらっていたし、ノーエランド王国の方にもソフィア・レッドレーン嬢を通してエマ王女から国王に知らせておく流れを作っておいた。


 これにより、両王家は勲功著しいランドマーク伯爵家に自然と祝電を送る事になり、そこにリューが『次元回廊』を使って訪れ、手紙を回収したという事である。


 リューとしてはタウロの結婚披露宴を政治的に利用したくはなかったが、今後のランドマーク伯爵家の安泰を優先したのであった。


 と言うのも、南部地方はランドマーク家の派閥貴族がいくつか領地を治めているのだが、それに接する二つの派閥エラソン辺境伯、ダレナン伯爵両勢力とは、衝突こそないが、あまり良い雰囲気とも言い難い状況であったからだ。


 ランドマーク家は『王家の騎士』の称号を持っているから、派閥として小さくてもちょっかいを出される事もそうそうないが、かと言って仲良くされる可能性も高くない。


 両派閥にしたら、一時的な権勢であって、次代のタウロの時にはその称号も無くなるのだから、様子を見ておけばいいというのが、本音である。


 だが、そのタウロの結婚を祝う両王家の手紙は、次の代にも期待している事をうかがわせるものだから、両派閥の長の代理として列席している貴族達は、震撼する事になる、というのがリューの狙いであった。


「リュー、次は余興の時間でしょ? 準備しなくていいの?」


 リーンがリューに声をかける。


 どうやら、リューは身内として出し物を用意しているようだ。


 それは次男ジーロも同じようで、


「いよいよかぁ……。緊張するなぁ」


 とおっとりした口調で言うと、周囲はとても緊張しているようには聞こえないのであった。


 余興は、末の妹ハンナによる新郎新婦を祝う綺麗な歌に始まり、学生時代の同級生でタウロの良きライバルであり、現在はランドマーク派閥の傘下貴族であるブナーン子爵家の現当主による剣舞が披露されたり、列席貴族が用意した芸人による手品に大道芸などバラエティー豊かな出し物が次々と行われた。


 会場はそれらに拍手を送ったり笑いに包まれたりといい雰囲気で、予定が進んでいく。


「──お見事なパフォーマンスでした。次は……、これで最後の演目になります。──新郎のご兄弟でありランドマーク伯爵家が誇る与力の二人による披露宴特別試合となります」


 司会進行役がそう告げると、リューとジーロがタウロ達の前に入場してきた。


 リューが一帯のテーブルや椅子を一瞬でマジック収納に回収すると、試合のできるスペースを準備する。


 二人は新郎新婦に並んでお辞儀をすると、


「「ランドマーク家を支える与力の力をお見せしたいと思います!」」


 と声を揃えて宣言する。


 そして、リューとジーロは用意された刃の潰された剣を構えた。


 審判はリーンだ。


「試合形式は剣のみ。魔法は周囲を巻き込むので禁止。一本取った方が勝ち。──いいわね?」


 リーンが列席者に聞こえるように、ルールを確認する。


 二人は静かに頷く。


「それでは……、──はじめ!」


 リーンの開始宣言と同時に、珍しくリューが先にジーロに斬りかかった。


 リューの戦法は祖父カミーザ譲りのトリッキーな剣術による初見殺しの力押し。


 それに対してジーロは父ファーザの正規の剣術と祖父カミーザの剣術両方を使う万能型である。


 だから、リューの初見殺しは通じない。


 だから、先制攻撃を仕掛けたのであった。


 次男ジーロは兄弟一剣技に優れている。


 特に純粋な剣術だとリューも舌を巻くほどで、それは身内の者なら誰もが認めるところであったから、小細工も通じない。


 それだけにリューはジーロを防戦一方にして畳みかける必要性を感じたのであった。


 実際、リューは手を抜くどころか本気でジーロから一本を取る為に、間断なく攻撃を続ける。


 しかし、ジーロはリューの手がわかるのか、ことごとくそれを防いで見せていた。


 周囲から見ると、その攻防は一方的なリューの攻勢と防戦一方なジーロと映るのだが、あまりの速度にほとんどの者の目が追い付かず、レベルの高すぎる戦いを繰り広げている事だけがわかる状態であった。


 リューは時折フェイントやワザと隙を見せたりと仕掛けているがジーロは冷静に対応している。


「さすがのリューも分が悪いわね……」


 リーンは審判をしながらそうつぶやく。


 というのも、この試合は剣術による戦いである。


 リューの得意な戦いは型にはまらないものであり、それこそ、拳や蹴りも必要なら使用するタイプだ。


 しかし、剣術のみとなるとリューにとっては少し息が詰まる戦いであったから、リーンはそう指摘したのであった。


 指摘通り、徐々にジーロも反撃を開始する。


 リューの間断の無い攻撃を受け流して踏み込む事で、相手の間合いを消し、柄の方で攻撃を仕掛けたりする。


 これにはさすがのリューもギリギリで回避して一本負けを避けるのであったが、ジーロもギリギリの中で攻撃を仕掛けているので、リューの回避反応に舌を巻く。


 リューはこのままだと、じり貧だと思ったのだろう。


 ジーロから一歩下がって距離を取って剣を構え直した。


 次の一振りに勝負を掛けようと思ったのだ。


 それはジーロにも伝わり、同じように剣を構える。


 両者の間に一瞬の沈黙があり、次の瞬間であった。


 リューとジーロは同時に踏み込み、相手の頭部に打ちかかる。


 両者はお互い、このひと振りは避けないとマズいと思ったのか剣先を相手の剣先に軌道を変えた。


 すると両者の剣先がぶつかる。


 その瞬間、お互いの剣の剣先はその強烈な斬撃に火花と共に砕けるのであった。


「「あ……」」


 リューとジーロはお互いの剣先を確認して、茫然とそう漏らす。


「この試合、引き分け!」


 リーンがそう判定を下すと、それまで息を呑んで見守っていた列席者達から「おおっ!」と大きな歓声が巻き起こるのであった。

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