第577話 強大な敵ですが何か?

 リューは王家に軍研究所の情報漏洩をリークして、自らは商会と組織、そして、ミナトミュラー男爵という立場を駆使して魔法大砲が海賊に流れた経緯を調査している。


 リューにとって数少ない貴族の友人であり、下級貴族の情報網に関してはランスキーも舌を巻くオイテン準男爵にも調べてもらっていた。


 指揮系統的に組織の上層部の口が堅くても、下までそうかというと、怪しいものだからだ。


 リューの『竜星組』については、それこそ、マイスタの住人達が主力となっており、家族の情報を売る者はいないから、情報が漏れるのはよほど特殊であるが、それでも外様の部下まで口が堅いかというと、それは怪しい。


 魔境の森で修業をした若い連中は結束が固いから安心だが、そうでない者にとっては金をチラつかされると漏らす者もいなくはないのだ。


 お酒に酔った勢いで話す者もいるだろうし、そういう意味では、与力の下級貴族も忠誠心はピンキリであり、オイテン準男爵はそういう相手の懐に潜り込むのがうまいから期待できそうである。



「──以上で、やはり、軍研究所からの情報漏洩は、エラインダー公爵経由が一番怪しいところなんですが、表に出てくる情報は、研究所所長であったオクータ男爵が独断で廃棄情報を外部の軍事系商会に小遣い稼ぎに売っていたいう結果にたどり着きます」


 ランスキーは集まってきた情報を執務室でリューに報告を行っていた。


「……ちなみにその軍事系商会って具体的には?」


 リューは異論を挟まず、ランスキーの報告を詳しく聞く。


「それが、王都郊外に本店があったブレッターツ商会という最近倒産したところなんですが、商会のトップは首を吊っていますし、肝心の魔法大砲の情報は、借金取り立ての際に、債権者全員に情報が開示され、どこからでも筒抜け状態になっていたようです」


「……誰かが一本の線を引いてそこに肉付けしたような情報だよね。あまりに都合がいい。──債権者の中に知った商会があるんじゃない?」


「債権者の中にですか? 数十の商会が名を連ねていたので、これから一つ一つしらみつぶしに探そうかと思ってました……。──うん? あ! 例の架空商会であるツヨーダー商会の名があります!」


 ランスキーは資料をざっと見直したところで、その名に気づいて驚いた。


「……借金で首が回らないブレッターツ商会に、貸し剥がし(既に融資している資金を積極的に回収する事)を行い、都合のいいタイミングで商会を倒産させ、自殺に追い込んで商会を潰し、全ての泥を被せる偽装工作かな? この予想が当たっていたとして、あまりに用意周到な手口だよね……」


 リューはここまで偽の情報をあらかじめ用意していたエラインダー公爵、もしくはその部下であるバンスカーの手腕に驚きを隠せない。


 最初から発覚した場合に備え、ここまで用意するのは並大抵の事ではないからだ。


 多分、ブレッターツ商会は、どんな問題が起きても、そこに関わっていた事にされて、自殺に追い込まれるところまでがセットだったのだろう。


 個別の情報と情報の間を結んで、ブレッターツ商会に繋げればいいだけなのだ。


「いつ」「どこで」「誰が」「どうした」の情報を複数ずつ用意しておいて、好きに組み合わせる感じである。


 リューはこの手口が、バンスカーの得意技の気がした。


 これは思った以上に追い込むのが難しそうだ。


 しかし、これで、王都で暗躍する架空のツヨーダー商会とエラインダー公爵は繋がっているという確信になった。


 それくらい証拠を残さないバンスカーが、急いで偽の情報を用意せざるを得なかったという事だろう。


 つまり、リューは確実にエラインダー公爵とバンスカーの裏の顔に着実に迫っているという事だ。


「これで、バンスカーの手口と、ツヨーダー商会、ソーウ商会が完全にエラインダー公爵の裏の顔の一部である確証が得られたよ。──ランスキー、自殺したブレッターツ商会会長の親族、従業員を探して接触して。融資やその貸し剥がしの際、ツヨーダー商会担当者の顔を見ている可能性が十分あるからね。そこから辿って情報を引き出そう」


「わかりやした!」


 ランスキーは大きく頷くと執務室を出ていく。


「尻尾を掴んだわね!」


 リーンはこれまで名前と特徴しかわからないバンスカーを不気味に思っていたのだが、ようやく尻尾を掴んでホッとした様子だ。


「うん。これでその尻尾を手繰り寄せてバンスカー率いる組織を潰せれば、エラインダー公爵も終わりのはずだよ」


 リューはようやく敵組織の形が見えてきそうだと、安堵するのであった。



 後日。


「若、ブレッターツ商会の従業員から証言が取れました!」


 ランスキーが執務室に飛び込んできた。


「おお! それで? 追跡したんだよね?」


「へい! ブレッターツ商会に融資して貸し剥がしを行った架空商会ツヨーダーの担当者の正体は、『カバネ』のメンバーでした!」


「え!?」


 この報告にはリューも思わず驚いて聞き返した。


 最近謎が多い組織の点が線となり、一つに集約されたからである。


 裏社会で大いなる謎となっていたツヨーダー商会とソーウ商会、王都以外の各地に勢力を密かに伸ばす『屍』という組織。


 王家襲撃の海賊達、全てバンスカーに線で結びついた。


「……『屍』もバンスカー絡みか~!」


 リューは思わずそう声を上げた。


 その勢力は大きいとはいえ、あまりに稚拙な組織だったから、その関係性はないだろうと思っていたのだ。


 そういう意味では、一本取られた気がしていた。


「……バンスカーが部下の正体を隠すなら、森(屍)の中が一番だったという事じゃない?」


 リーンが、感心したように指摘する。


「あんなぼろが出まくりの半端者の集まりの組織が、正体を完璧に隠しているバンスカーがらみとは想像できなかったよ。……確かに全国に早く拡大するだけなら、半端者集団で十分なのか……。その中に数人手下を入れて目立たなくして、各地で暗躍する……。──やるな、バンスカー……」


 リューは改めてバンスカーの能力の高さに脅威を感じた。


『屍』の大きさを考えるとバンスカーの組織は想像以上の巨大さだからだ。


 そして、そこで稼いだ資金がエラインダー公爵に流れているから、公爵の力は国内において強大なのだろう。


「敵が巨大でもリューなら大丈夫よ、みんながいるじゃない!」


 リーンは相変わらず、リューを信じて疑わない。


「あははっ、ありがとう。敵がはっきりしてきたから、戦うイメージは湧いてきたよ。これから、敵を叩き潰す作戦を練らないとね」


 リューは不敵な笑みを浮かべると、そう答えるのであった。

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