第529話 初々しい思い出ですが何か?

 ランドマーク本領の城館で行われたエマ・ノーエランド王女を迎えに来たサール侯爵達を歓迎する内輪の食事会には、ランドマークビルでテスト勉強をしていたイバル、スード、ラーシュも招かれていた。


 これはエマ王女とソフィア・レッドレーン男爵令嬢と年齢が近いし、丁度、リューが王城に使者を手配する為、王都のランドマークビルに戻った時に、勉強している三人も誘う事にしたのである。


 イバル、スード、ラーシュは身内の食事会とだけ言われて、ランドマーク本領まで次元回廊で連れていかれたのだが、参加してみると他国のいわば国賓であるエマ王女やサール侯爵もいたので、色んな意味で緊張が走った。


 イバルは三人の中ではそうでもなかったが、ラーシュは、聞いていた元婚約者候補のエマ王女の姿に気づいたから、スードと目を見合わせて緊張したのだ。


「……!ごにょごにょ……(イバルさん、あんな美人さんと結ばれていたかもしれないのですね……)」


 ラーシュはイバルの転落人生を知っていたから、同情的だった。


 ノーエランド王国の『真珠姫』と名高い絶世の美女との婚約に至らず、さらには国内随一の名家エラインダー公爵家の嫡男から縁を切られ、今ではコートナイン男爵家の非嫡男である。


 その対比に同情せずにはいられない。


「……二人共、変な気を遣うなよ? 婚約話はまだ小さい頃の話だ。あちらも覚えていない事だぞ」


 イバルはスードとラーシュの反応を見て、小声で注意する。


 三人はそうひそひそ話をしていると、食事が終わりに近づき歓談の雰囲気になったところでリューがエマ王女とソフィア嬢に「僕の同級生の友人達です」と、紹介した。


「リュー様のご友人? という事はみなさん年齢もそのくらいという事でしょうか?」


 エマ王女が年齢が近そうなこの二人(スードの事は知っている)の存在が気になっていたのか、紹介されるとすぐに質問する。


「兎人族の彼女、ラーシュが十七歳、青色の髪の彼、スード君は十六歳、彼は救出の際に会いましたね、僕と同じ歳なのは──」


 リューがイバルの名を口にしようとした時であった。


「もしかして……、イバル様ですか?」


 不意にエマ王女が、イバルの名前を的中させた。


「え?」


 リューは驚いて聞き返す。


 名前を呼ばれたイバル自身も不意打ちとばかりにびっくりしている。


「以前、イバル様の肖像画を拝見した事があるのです。確か……七年前くらいのものでしたので、まだ、幼い感じでしたが面影がそっくりです。違いましたか?」


 エマ王女の言う肖像画とは多分、婚約候補としてお互いがどんな人物か知ってもらう為に、簡単な経歴などを書いた紹介文と共に贈られた絵だったのだろう、それをエマ王女が覚えていたのだ。


 イバルはすぐにその事に気づいた。


 そして、


「七年前……。そんな以前の事を覚えて頂けていて光栄の極みです。ご指摘通り、俺はイバルと申します。ただし、当時と違い家名はコートナイン男爵家ですが……」


 と苦笑して答えた。


「ああ、やっぱり! その節は、こちらで起きた混乱のせいでお話が流れてしまい失礼致しました。でも、こうして実際にお会いできて光栄です。想像していた通りの方でしたわ!」


 エマ王女は肖像画と紹介内容でしか知らなかったイバルに偶然会えて、無邪気に喜んでいる。


「エマ王女殿下も当時からその美貌を讃えてノーエランド王国の『真珠姫』とこちらでも語られていましたが、成長されて七年前の肖像画よりもさらにお美しくなられていると思います」


 イバルもエマ王女の素直な気持ちに応えるべく、当時を思い出して答えた。


「まぁ、ありがとうございます……。──ふふふっ、ソフィア、本当に会えたわよ?」


 エマ王女はイバルの言葉に少し照れてから、少し離れたところに座っているソフィア嬢にそう声を掛けた。


 どうやら、王都に挨拶に行く時にイバルと王宮で会う機会があるかもしれないと話していたようだ。


「姫様、良かったですね。でも、ここはみなさんもいる場です。ちょっとはしたないですよ」


 ソフィア嬢は苦笑してエマ王女を窘める。


「あら、失礼しました。──イバル殿、また、あとでお話ししましょう」


 エマ王女は列席している父ファーザ達に謝罪すると、膝の上に置いてあったナプキンで口元を拭い控える。


「はははっ! どこで縁があるかわからないものですな。それでは食事会はそろそろ終わりにしましょうか。サール侯爵殿も今日は疲れたでしょう。この後はごゆっくりお過ごしください」


 父ファーザが主催として食事会の終了を告げると、サール侯爵を自ら案内すべく立ち上がる。


 どうやらエマ王女達の事は他の若い者に任せようという事らしい。


 サール侯爵はイバルの登場に困惑気味であったが、父ファーザに案内されて別室に移動するのであった。


 この後はエマ王女とイバルを中心に、リュー達が談笑する。


 二人共お互いの事を覚えていただけでも驚きであったが、まさかエマ王女が七年前に描かれた肖像画でしか知らないはずなのに、現在のイバルの姿を見て気づくのは奇跡に近いだろう。


「それにしても、一目で気づくなんて奇跡じゃない?」


 その事をリーンが歯に衣着せぬ物言いで指摘する。


「姫様はリュー殿の能力で王都に行けると聞いてからは、イバル殿に会えるかもしれないと仰っていたので、まさかこの場で会えるとは、と私も驚きました」


 エマ王女に代わってソフィア嬢が答えた。


「エマ王女殿下はどうしてイバル君を覚えていたのですか? 殿下にはきっとそういう話も多いかと思うのですが……」


 リューが当然ながら一番の疑問を口にした。


「私にとって当時、初めて持ち上がった縁談だったんです。子供心にこの殿方と結婚するかもしれないのかと意識したのでよく覚えています」


 少し頬を赤く染めて当時の思い出を語るエマ王女。


「なるほど……、それでイバル君の姿が子供の頃のエマ王女殿下にとって理想の殿方像になっていた、という感じですかね?」


 リューはエマ王女の答えから納得するのであった。


「リュー、王女殿下相手にそれは核心突き過ぎよ」


 リーンが身も蓋もない事を言う。


「二人共止めてくれ、俺はともかく王女殿下に失礼だから!」


 イバルはそう言いながら恥ずかしさに少し顔を赤らめる。


 エマ王女も指摘されて初めてその事に気づいたのか、驚きの表情と共に顔が赤くなる。


 その二人の様子を見て、その場に会したリュー達はその初々しさに思わず微笑んでしまうのであった。

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