第524話 若者達の一日ですが何か?

 総合武術大会は波乱も多かったが、無事成功という形で終える事が出来た。


 その陰でルーク・サムスギンという停学処分から復帰した一年生がいた事は、あまり知られていなかったが、翌日には、それも知られる事になる。


 二年生のリュー・ミナトミュラーとの特別試合で異次元の戦いを見せたエクス・カリバールには、当然のように人だかりが出来るのだが、その横に停学処分明けのルーク・サムスギンが一緒にいたからだ。


「お、おはよう、カリバール男爵に、サムスギン君……。お久し振り……、だね」


「おはよう、カリバール君! 昨日の試合、負けたとはいえ感服した……、え……? サムスギン君!?」


「おは……、──!?」


 勇者エクスに挨拶しようと集まって来る同級生達はルーク・サムスギンの姿を見て一様に驚く。


 そこへ普段通りであるかのうように、エミリー・オチメラルダ公爵令嬢が玄関に到着して人混みをかき分けると二人に朝の挨拶をする。


「エクス、ルーク、おはようございます。二人共、こんなところで油を売っていないで教室に向かうわよ」


 エミリー嬢はそう言うと二人の手首を掴んでぐいぐい進む。


 二人を囲んでいた人だかりも、モーゼの十戒のように割れていく。


「みなさんも、こんなところで集まっていないで各自教室に向かってくださいね」


 エミリー嬢は野次馬になっている同級生達に丁寧に進言して、二人を連れて教室へと向かうのであった。


「エミリー嬢に気を遣わせてすまない……」


 すでに教室にいたレオーナ嬢と三人が合流すると、第一声がルークの謝罪であった。


「そうではないでしょ? まずは、私への挨拶の返事、それから友人の会話よ」


 エミリー嬢はルークの謝罪を否定すると、返事を促した。


「お、おはよう……。本当にすま──」


「だから、謝罪はもう良いのよ。リュー先輩達に昨日許してもらったのでしょう? それならもう、謝る事はなにもないわ。そもそも、私はあなたの事、苦手だったから適当に相手してたの。もちろん、それも停学処分前の話だけど。今は、ただの友人でしょ?」


 ルークはエミリー嬢の圧に負けて、挨拶すると、謝罪しようとした。


 しかし、エミリー嬢に遮られ、友人である事を強調された。


「そうだよ、ルーク。すでに二年生の先輩達は君を許しているし、僕達は何も気にしていないんだから」


 エクスは昨日からその事をルークに念押ししていて、何度目かの台詞を口にした。


「あなたは停学処分という形で罪を償い、リーンお姉様達も許したのなら、私も言う事はないわ」


 あまり、喋らないレオーナ嬢もルークにフォローを入れる。


「……みんな、ありがとう……。──これからもよろしく……!」


 ルークは昨日に続き、泣きそうになっていたが、友人達の言葉とエクスに背中を叩かれた事で、何か憑き物が取れたように、一転して晴れやかな表情になるのであった。



 この日、二年生の教室には、リューをはじめ、リーン、スード、そして、王女リズの姿はなかった。


 学園側には休みの申請がされており、それが、王家の印が入ったものだったから、学園長も何かを察してか何も言う事無く受理していた。


 その四人はどこにいるのかというと……、王都から遥か遠く王国南東部の辺境、新進気鋭の勢力を率いるランドマーク伯爵の本領に足を運んでいた。


 厳密には、王家の官吏数名と近衛騎士十名を王女リズが王家の人間としてドレス姿で率いており、リューはそれらを先導している形である。


「それでは、城館内に案内します、王女殿下」


 ランドマークの城館前には、父ファーザ・ランドマークと長男タウロが出迎え、リューと視線を交わすと前置きもなく案内に移った。


 これが非公式な訪問だからである。


 この日、王女リズは国王の代理として、非公式な形で王国に訪問している一人の女性に会う為に訪れていた。


 その相手とは、ノーエランド王国の第二王女エマ・ノーエランドの事である。


 王女リズはファーザに広い応接室に通され、上座である奥の席に座った。


 傍には数人の官吏が立っており、背後には近衛騎士達が控えている。


 リュー達も関係者として少し距離を取って、着席する。


 そこへ、次男ジーロ・シーパラダインが王女エマを伴って、入ってきた。


 あとからエマ王女の側近と思われる女性が帯同している。


 これは、一緒に海賊から救出されたソフィア・レッドレーン男爵令嬢で、エマ王女が王女リズと反対側の席に座ると、その背後に控えた。


「お初にお目にかかります。私はクレストリア王国第三王女エリザベス・クレストリアと申します」


 王女リズから、挨拶をすると相手は同じ王家の女性であるが、非公式の挨拶という事で礼儀云々は多少省いている。


「こちらこそ、初めまして……。ノーエランド王国、第二王女エマ・ノーエランドです」


 エマ王女は少し緊張した面持ちで、挨拶を返す。


 なにしろ自分達は非公式にクレストリア王国に訪問しており、いつ身柄を拘束されて自国との交渉に利用されても文句が言えない身であるから当然であった。


「挨拶も終えましたし、これ以上の前置きはいらないでしょう。エマ王女殿下、我が国クレストリア王国は殿下の訪問を歓迎いたします。ただ、非公式での訪問という形ですから式典などは行えませんが、帰国までの間、ゆっくり、お過ごしください」


 王女リズは緊張気味なエマ王女を安心させる為、最初に彼女達が求めている言葉を優しい笑顔で告げた。


 それはクレストリア王家からの安全の保証であり、帰国までの間、その身柄を拘束するような事はないという事だ。


 その言葉にエマ王女は傍に立つジーロに視線を向け、次に背後に控えるソフィア嬢にも視線を送る。


 ジーロもソフィア嬢も笑顔で頷く。


 エマ王女はそれで、緊張を解いた。


「エリザベス王女殿下、安全の保障と帰国までの滞在を許可して頂き、ありがとうございます。そして、こちらのジーロ・シーパラダイン魔法士爵や、そちらのミナトミュラー男爵には、私どもの命を救って頂き、大変感謝しております。クレストリア王家は素晴らしい臣下をお持ちですね」


 エマ王女は謝意と共に、命の恩人であるリューとジーロについても評価してクレストリア王家を賛辞した。


「ありがとうございます。このランドマーク領の跡継ぎであるタウロ殿とその二人は我が国の未来の一端を担う優秀な若者達だと、私は思っています。うふふっ」


 王女リズはまだ、リューと同じ十三歳なのだが、この国の若者が育っている事を喜ぶ老齢な者のような言い草で笑って答えた。


 エマ王女は、その言葉に釣られて「うふふっ」と同じように笑う。


 そこから二人は打ち解けると、非公式の場という事で、数年来の友人のように砕けた物言いで話始め、最後にはリューとタウロにジーロ、リーンとスード、ソフィア嬢も会話に加わり、十代の若者達の気さくな親交の場になるのであった。

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