第448話 介入しますが何か?

 東部地方の状況確認情報を入手した翌日、マイスタの街長邸の執務室。


 リューの元に今度は、王都裏社会の古参組織『黒炎の羊』の情報が入ってきた。


『黒炎の羊』は余所者を大量に雇いこんで『月下狼』のスクラに大攻勢をかけてあと一歩まで追い詰めたが、余所者集団を率いるソー三兄弟が不審死を遂げた事で、雇い主の『黒炎の羊』側が三兄弟を用済みとばかりに殺したのではないかと疑い、それが元で内部抗争に発展している。


 その余所者連中は東部出身の者達で、それを率いていたソー三兄弟は北東部地方南地域出身だった。


 リューはその事から、そこ一帯に勢力を持つ裏社会の勢力『赤竜会』が関わっているのではないかと睨んでいる。


『黒炎の羊』はその『赤竜会』と手を組んだのか、それとも偶然なのかはわからないが、大量に腕利きの連中が東部の争いを避けて王都に流れて来る事自体があり得ない事とリューは考えていた。


 そういった情報自体はないのだが、『赤竜会』は東部で『蒼亀組』、『黒虎一家』の両勢力を相手に優位に事を運んでいるようだし、まだ、余裕がありそうである。


 だが、普通に考えるとそんな抗争の最中に王都にまで手を出すのは無謀だろう。


 しかし、内部からの誘いがあったらどうだろう。


 それが『黒炎の羊』であり、その背後にいるエラインダー公爵だったら?


 エラインダー公爵の権力欲は表だけでなく裏社会にも興味があるのはよくわかっている。


『黒炎の羊』へ支援している事は調べがついていたし、最近では『竜星組』に対しても、「うちと手を組まないか?」という勧誘もある。


 さらには、密かにうちの弱みを握ろうと内部情報の収集も積極的に行っているようだとランスキーからも報告を受けているのだ。


『赤竜会』の縄張りは、シバイン侯爵派閥の勢力圏でもあり、そのシバイン侯爵はエラインダー公爵派閥との関係もあるようだし、表と裏でエラインダー公爵の動きがとても気になる。


 警戒がかなり必要だとリューは思っていた。


 それに、シバイン侯爵派閥は国境線に領地を持つ事からも隣国とパイプがあるのは確かのようだし、点と点を結び線にすると怖い構図になるから不気味でもある。


 元寄り親であるスゴエラ侯爵にはその事を一応、匂わせておいたので警戒はしてくれると思うが、万が一を考えると王都裏社会最大勢力『竜星組』のボスであるリューも出来る事はやっておいた方が良い。


『黒炎の羊』の内部抗争はリューがソー三兄弟を暗殺して策略に掛けた結果だが、それを『竜星組』で介入して『黒炎の羊』に恩を売ってどうにかエラインダー公爵との間に亀裂を入れたいところであった。


 そこに今回、ランスキーからの情報である。


 内容は、民間人に連日被害が出た事で、警備隊、騎士団がさすがにしびれを切らし動き始めたという事だ。


 これだけ見ると良い事尽くめにも思えるが、裏社会の揉め事には極力干渉しないというのが暗黙の了解だったから、それが破られるという事である。


 それは、裏社会の組織と表社会との亀裂を意味し、それはリュー達にとっても都合が悪い。


 それに『黒炎の羊』の背後にはエラインダー公爵がいるから、これまで警備隊や騎士団が介入しないのはその公爵が圧力をかけていた可能性が高い。


 それが、その圧力を跳ねのけて警備隊と騎士団が動くのだから内情はかなりひっ迫していると見た方が良いだろう。


 リューは、王都での『竜星組』の活動がやりにくくなると考えてこの抗争の仲裁に動く事にしたのであった。


「ランスキー、ルチーナの部隊は?」


「いつでも、動けます」


「警備隊、騎士団はまだ、抗争の内部情報を知らないから、まずはその辺りの情報を収集して、取り締まりに動くはず。その前にうちで解決するよ」


「へい!──ルチーナ、仕事だ!例のを止めるぞ!」


 ランスキーが執務室の扉を開けると、街長邸に響き渡るような声で呼びかける。


「うるさいよ、ランスキーの旦那! ちゃんと聞こえてるさね。──お前達、仕事だ。非番の連中にも声を掛けな。一時間後、王都の『竜星組』事務所に集合だよ!」


 街長邸に丁度、顔を出していたルチーナは部下にそう命令すると、街長邸から出て行く。


「ランスキー、今回、『黒炎の羊』にも痛い目見てもらうから、僕も覆面で参加するよ」


 リューはそう言うと、マジック収納から長い布を取り出し、首に巻き始める。


 リーンも当然のようにリューから渡された布を首に巻き始めていた。


 スードも少し遅れて、渡された長い布の意味を理解して首に巻き始める。


「若、俺が行きますよ?」


「警備隊、騎士団の間者に見られた時、ランスキーは特徴でバレそうだから今回は控えて。ルチーナの部隊は、その辺わきまえているし、僕達はあくまで後詰でルチーナの部隊が片付けてくれるはずだよ」


 リューはそう答えると、ランスキーの持って来た情報書類を受け取って、『次元回廊』を開く。


「先に、王都の『竜星組』事務所に行っておくから、後はよろしく」


 リューはそう言うと、リーンとスードの手を握って、王都に向かうのであった。



 一時間後。


 王都の『竜星組』事務所の一室にルチーナの部隊の面々が集結していた。


「五名を一小隊とし、『黒炎の羊』と争っている流れ者連中を一人も逃さず制圧する。また、『黒炎の羊』側にも少しお灸をすえる為に、多少は痛い目見てもらうからよろしくね」


「「「「「へい」」」」」


 ルチーナ部隊の面々の格好は普段着で精鋭部隊には見えない。


 だがその手には黒いマスクや黒マントが用意されており、現場でそれを身に着けるのだろう。


 用意周到だ。


「若の足手纏いにならないよう、証拠は一切残すんじゃないよ。──では、行くよ」


 ルチーナも声を掛けると、部隊員達はもう、一言もしゃべらないで頷く。


 声から把握されない為だろう。


 ルチーナが開始合図を出すと部隊員達は馬車に静かに乗り込んで出発するチームもいれば、徒歩で移動を開始するチームもいる。


「訓練が行き届いているね」


 リューはみんなの動きに感心しながら傍のリーンに声を掛けた。


「教育係はカミーザおじさんとルチーナだもの」


 リーンは当然とばかりに頷いて答えると、リューの背中を叩いて自分達も出発する事を促すのであった。

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