第441話 説教ですが何か?

 ボウリング場の三階の一室にリュー達は移動していた。


 勇者チームはリュー達相手によく頑張った方だと言えたかもしれない。


 だが、その差は埋めがたくリューチーム、王女リズチームが接戦だったのに対し、勇者チームはやはり劣っていたからこれが現状だろう。


 勇者は『チーム能力強化』能力を使っての負けでもあるから、完敗と言ってよかった。


「……我々の負けだ。──みんなすまない。このチームは解散だ。それで私は今後、王女殿下の下に付けばよいのか?」


 勇者エクスは負けを認め、最初の約束通り、チームから一人引き抜かれるのが自分だと思ったのか前に進み出た。


「勇者様、我々が足手纏いになったばかりに!」


「勇者様があちらに引き抜かれるとは!」


 ホメルス子息とオダテール子息は悔し気に勇者エクスが勝者の下についてしまう事を嘆く。


「……で、リズ。あちらはそういうつもりらしいけど、どうするの?」


 リューは勝者チーム代表である王女リズに耳元で手を添えてひそひそと話す。


 リューは自分のチームが勝利しても、ただのゲームとして誰かを引き抜くつもりもなく、最初の予定通り食事とスイーツを奢ってもらうつもりでいたから、リズの判断が気になるところだ。


「……あちらから持ち掛けてきた賭けだから、ちゃんと実行した方が良いと私は思うわ」


 リズもリューに耳元で手を添えるとそう答え返した。


「え?じゃあ、勇者エクスをこちらに?」


 とリューはリズの判断に驚くところであったが、リズはそれには答えず、一歩前に出た。


「今回の賭けは、勇者エクスチームからの提案を受けたものだから、しっかり実行させてもらいます。ですから、勇者チームからは……、エミリー嬢を引き抜きます」


 勇者エクスは自分しかいないだろうと思って前に出たところで固まった。


 周囲も「あ……、恥ずかしいやつだ……」と内心で思ったが、誰も口には出さない。


「お、王女殿下。な、なぜ、エミリー嬢を?」


 勇者エクスは前に出た手前、恥ずかしさのあまり赤面し、何かしなければ引っ込みがつかないと思い、理由を聞く事にした。


 理由を聞いても恥ずかしい思いをするだけだと思うのだが、今の勇者エクスにそこまでの判断はできない。


「理由? 私が子供の頃から知っているのは、エミリー嬢しかいないからよ。お友達に迎え入れるなら知っている令嬢の方がよろしいでしょ?」


 王女リズは今の勇者エクスを選ぶ選択肢はなかったから、もっともな理由を付けてエミリー・オチメラルダを選んでみせた。


 これなら、勇者エクスに恥をかかせるものではないし、レオーナ・ライハートも選ばれなかった理由にもなる。


 ホメルス子息、オダテール子息は論外だが。


「……なるほど。それならば仕方がない事ですが……。エミリー嬢は我々の大切な友人です。みなさんの元で……、その、浮かないといいのですが……」


 遠回しに言っているが、つまるところ、勇者エクスはリューを中心とした連中にこき使われたりして、いじめにあうのではないかと危惧したようだ。


「エクス・カリバール男爵。最初に人を賭けるような申し出をしたのはそちらです。あなたもそれを否定しなかった。それがいざ負けて、自分達の仲間が引き抜かれる段になってそのような言いがかりをなされるのは、私の友人達に失礼ですし、なによりあなたの名誉にかかわりますよ。控えなさい」


 王女リズは普段、勇者エクスの言動について注意する事が無かったが、リュー達友人達の名誉が直接侵されたと感じると初めて叱責した。


「も、申し訳ありません、王女殿下! ……確かに自分が浅はかでした。私としては王女殿下をお助けしたい一心で──」


 勇者エクスは思わぬ叱責に慌てて、言わなくてもいい言い訳をした。


「それが失礼なのです、カリバール男爵。彼らは私を友人として受け入れてくれた信頼すべき大切な仲間です。それを悪人のような扱いをしている。それにあなたは、私が騙されていると考えているようですが、それも間違っています。あなたはそうやって私の事を簡単に騙されるような人物扱いしているだけです。それがとても失礼な事だという事に気づいていますか?」


 王女リズは珍しく語気を強めて勇者エクスを叱責する。


 きっと、これ以上の不毛な争いは無駄だと思ったのだろう。


 はっきりさせ、解決した方が良いと判断したようだ。


「リズその辺で……」


 リューが二人の間に入ってリズに声を掛ける。


 関係者しかいない室内とはいえ、十五人も人がいる中で勇者エクスが叱責される場面は本人も情けないだろうし、何より誤解とはいえ敵とみなしていたリューの前で恥をかく事は何より屈辱的だろうと思って止めに入ったのだ。


「くっ……」


 リューが間に入った事で、王女リズの叱責は止まった。


 しかし、努力を積み重ねてきたのだろうが、その大半はエリート街道まっしぐらであった勇者エクスにとっては、止めに入ったのがリューという事もあって、本人も無意識に屈辱を感じたようだ。


「申し訳ありませんでした。──……エミリー嬢もこんな事になってすまない」


 勇者エクスはそう言うと、退室しようとした。


「ちょっと、待って。──これでゲームでの勝負もついたし、これで全てはチャラという事でお腹も空いたから、一階で食事とスイーツをみんなで食べようか!」


 リューは暗い雰囲気を解消しようと、明るい声を上げた。


「そうだな! 他にもここには色んなゲームがあるみたいだし、食事した後、また遊ぼうぜ!」


 ランスもリューの気遣いを察して、話に乗る。


 みんなもそれに賛同すると、一年生も含めて全員で一階に降りていく。


 勇者エクスは少しこの状況に呆然としていたが、リューに器でも負けた気がして初めて他者に対して嫉妬を覚えるのであった。

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