第412話 専門家ですが何か?

 王都裏社会では、『月下狼』と『黒炎の羊』の抗争が激しくなっている。


 と言っても、『月下狼』の女ボススクラが行方不明になってからは、『黒炎の羊』が一方的に『月下狼』側の縄張りを荒らしているのが現状だ。


 当初、『竜星組』側は両者の争いに首を突っ込むことなく「我関せず」という立場を取っていた。


 しかし、最近、勢いに乗った『黒炎の羊』が雇っている新参の兵隊達が調子に乗り、荒らし方が目立つようになってきた。


 それは、一般人への危害も含まれる。


 今のところは『月下狼』の縄張り内の事ではあるが、これ以上の狼藉は国の介入もあり得るから止めたいところであった。


 こういう問題を対岸の火事と放っておくと裏社会全体の印象を貶める事になり、存在自体が悪いという判断になり、巻き添えを食うのは前世でも経験しているのだ。


 リューはこの日の放課後、竜星組王都事務所を訪れていた。


「──と、現在、うちの縄張り以外での抗争が激しくなっている状況です」


 王都事務所に顔を出していたランスキーがリューに報告した。


「そっか……。それで『月下狼』の女ボス・スクラの生死は?」


「どうやら、生きているようですが、負傷して地下に潜り、安静にしているらしいです」


「うちへの要請は?」


「スクラの奴、この状況に『竜星組』に合わせる顔が無いと恥じて、その気はないようです。それで自分達でどうにか反撃しようと策を練っているみたいなんですが……」


 ランスキーは呆れた表情で、首を振る。


「……難しいわけか」


 その言い方からリューも察した。


「へい……。実はそのスクラの部下から泣きつかれてまして……。ボスが意地を張っているが、盛り返すのは難しいかもしれないから助けて欲しいと」


「スクラは何でそこまで意地を張っているのかな?」


 リューはその理由がわからず首を傾げた。


「以前『月下狼』が、『雷蛮会』に抗争で危機に陥った時、『竜星組うち』に助けられた事を恩に感じているみたいで早々には頼れないと思っているみたいです。スクラの若に対する評価はかなり高いらしく、日頃から『竜星組の組長のような男になりな!』と、部下達を叱咤する事も多いようです」


「僕!?──うーん、スクラとは直接会った事は無いんだけどな……。評価してくれているのは嬉しいけどそれで意地を張って身を亡ぼしたらどうしようもないよね?」


 リューは理由に驚くと、大事な指摘をする。


「へい。だからこそ、部下が泣きついて来たんだと思います」


「ははは……、部下も大変だね……。ランスキー、そっちに人は割けそう?」


「……五十人程なら」


 ランスキーは申し訳なさそうに答えた。


「……少ないなぁ。──『黒炎の羊』の新参の兵隊を動かしているのは誰?」


 人手不足はわかっていた事であったが、リューは仕方ないと切り替え、情報を促した。


「ジン・ソー、コー・ソー、ジュン・ソーという余所者の三兄弟です。名前から北東部地方出身だと見ていますが……」


「その三人をどうにかすれば、『月下狼』への攻勢が止まる可能性もあるね……。うーん……」


 リューは考え込む。


 黙って話を聞いていたリーンは、ふと思い出したように言った。


「こういう時は、テッポウダマを送り込むとかじゃないの?」


 リューから聞いた極道用語をリーンは口にした。


「鉄砲玉は部下を捨て駒にする刺客の事だからそれは駄目だって」


「じゃあ、その筋の専門家を雇えば?」


 リーンはリューが思いつかない提案をして見せた。


 従者として、リューが考えない事を考えていたようだ。


「雇う……か。それなら人員を割く必要もないし、手っ取り早いけど……。──ランスキー、誰か心当たりある?」


 リューはこの異世界の方でそっち系について心当たりが無かったから、ランスキーに聞いてみた。


「心当たりも何も、メイドのアーサがその専門家じゃないですか」


 ランスキーはリューの質問に苦笑して答えた。


「あ、そうだった!……でもなぁ。アーサは今じゃあ、メイドとしてうちで頑張ってくれているから、頼みたくはないんだよね……。でも、同業者の情報は知っているのかもしれないね」


 リューはアーサに紹介してもらうのが手っ取り早さそうだと考えると、王都事務所を後にして家に帰る事にするのであった。



 リューとリーン、スードは一旦、ランドマークビル自宅に戻ると、そこから『次元回廊』を使ってマイスタの街長邸に一瞬で移動した。


「若様、お帰りなさい」


『次元回廊』の出入り口を設定してある街長邸の庭には、そろそろ来る頃だろうと待機していたアーサが立っていた。


「丁度良かった、アーサ。聞きたい事があったんだ!」


 リューは早速、人手不足な事からその筋の専門家を雇いたいという説明をした。


「……なんだよ、若様!そんな事ならボクに頼めばいいじゃない!」


 アーサは頬を膨らませて抗議した。


「いやいや、メイドのアーサに捨て駒みたいな仕事頼めないよ。まあ、お金で雇える専門家がどの程度信用出来るかはわからないけどさ」


「若様。ボクレベルの人間は逃げ道を確保してから仕事を受けるから捨て駒に最初からなる気はないよ。そうじゃないと仕事としてやってられないし」


 アーサは専門家として当然の常識を口にした。


「そのあたりは僕もわかっているんだけどさ……。標的が三人もいるし……ね?」


「三人……?それだと確かにボクでも一緒にいるところを狙わないと厳しいけど、殺れなくもないかなぁ」


 アーサはすでに手段を一つ思いついたのか考え込む素振りを見せた。


「いや、だからアーサには殺らせないよ?ところで、知り合いとか腕の立つ専門家いない?」


 リューは手の平を合わせて拝む素振りを見せると、アーサにお願いするのであった。


「……手段がどうでもいいのなら、ボクレベルとはいかないにしても腕の良い専門家数人なら……」


 アーサは残念そうな表情を浮かべていたが、気を取り直して答える。


 こうしてリューはアーサの仲介で抗争への直接介入を避けて、初めて専門家を雇う事にするのであった。

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