第394話 悩みは多いですが何か?

 リューは竜星組傘下のダミスター商会を使ってオチメラルダ公爵家令嬢エミリーに支援を始めた。


 エミリーは当初、一から自分の努力で将来を切り拓くという思いが強く、それに実家からの仕送りもあまり多くなかったので質素倹約に努めていたが、援助のお陰で交流関係にもお金を掛けられるようになった。


 勇者エクス達との付き合いはやはり貴族同士だからそれなりのお金がかかるのだ。


 エミリーは無理をしてそのお金を捻出していたが、それがダミスター商会からの援助で楽になった。


 心にも余裕が生まれ、サムスギン辺境伯の子息ルークとのぎくしゃくした関係もあまり気にならなくなった。


 オチメラルダ公爵派閥の崩壊後、サムスギン辺境伯派閥の漁夫の利とも言える台頭にエミリー自身も親から話には聞いていて意識はしていたのだ。


「これで一年生の情報は上がってくるようになったから、よしとして……。エミリー嬢の情報凄いね。北部地方はサムスギン辺境伯派閥の一強体制かと思っていたけど、意外に敵も多いね」


 リューは、アント会長ことアントニオからの報告書を読みながら感心した。


 リーンが後ろからその報告書を覗き込んでいたが、


「オチメラルダ公爵家は今の状態では絶望的ね」


 と正直な感想を漏らした。


「……ははは。確かに。北部では孤立している感が否めないね。でも、反サムスギン辺境伯派閥としてまとめるとしたらオチメラルダ公爵家以外にはないとも言えるかな」


「リューは北部地方に戦争でも起こさせる気なの?」


「そんなつもりはないよ。僕が気にしているのはエラインダー公爵の派閥が王国全土で影響力を持っているから、対抗勢力は各地域に作っておきたいんだよね。サムスギン辺境伯派閥はどっちでもないとは思うけど、エラインダー公爵に与する可能性もある勢力だから」


「そんなにエラインダー公爵を警戒しなくちゃいけないものなの?」


「イバル君の事もあったけど、うちに間者を送り込んできたりもしているし、あっちは気づいていなくても王都の西側の城壁下の秘密の通路を塞いだ件もあるでしょ?僕としてはあんまり関わりたくはないけど、避けられない事態も起きそうだから、対抗処置は取っておきたいよ」


「……そうね。リューの言う通りかも……。うちの商売のライバル商会にはエラインダー公爵の御用達商会もあるんだっけ?」


「うん。王家御用達のキングーヌ商会、エラインダー公爵家御用達のグローハラ商会、そして、急成長している本家のランドマーク商会が現在王都でも大きな商会として名前が上げられるけど、グローハラ商会は土建部門なんかでうちと競合しているからね。それに裏社会では『黒炎の羊』のバックでもあるし、避けて通れる相手ではないよ」


「いろんなところでエラインダー公爵家とは直接的、間接的に関係しているのは厄介だわね」


「でしょ?うちとしては関わりたくないけど、そういうわけにもいかないから対抗手段は色々と持っておかないと。それが、派閥関係であったり、商売関係であったり、人脈であったり。裏社会においてもあっちは王都で力を持ちたがっているからなぁ」


 リューは強大な相手との関りに溜息を吐いてみせた。


「竜星組にも接触して来てるものね」


 リーンもリューの気苦労に同情した。


 そう、竜星組を取り込もうとエラインダー公爵家は接触を試みて来ているのだ。


 実際にマルコの元に使者が来た事もあるし、謎のボスであるリューの身元を突き止めようと裏で動いてもいる。


「あっちはすでに『黒炎の羊』を、使い走りにしているから、それで満足して欲しいんだけど。一番じゃなきゃ駄目みたい」


「『黒炎の羊』は今、『月下狼』と旧『雷蛮会』の縄張りを奪い合っているわよね?」


「うん。それも『月下狼』が有利に立ち回っているから、エラインダー公爵は気に食わないのかもしれない」


『月下狼』は、竜星組の傘下ではないが、それに近い振る舞いを取っている。


 その為、どの傘下にも入っていない裏社会のグループは『月下狼』に一目置き、王都で孤立気味の『黒炎の羊』を敬遠する動きがあるのだ。


 その為、勢力としては一時弱体化していた『月下狼』が『黒炎の羊』に対抗できるほどに息を吹き返し、それどころか有利に勢いを伸ばしているのであった。


「うちとしては旧『雷蛮会』の縄張りの住民が不憫だから、とっととけりを付けて欲しいところだけどね。かといってエラインダー公爵側の『黒炎の羊』には勝って欲しくはないけど」


「じゃあ、うちが『月下狼』に協力してけりを付ければいいじゃない」


「それをあからさまにやっちゃうとエラインダー公爵に喧嘩売るようなものじゃない。それにうちには両者の喧嘩に介入する表向きの理由と義理がないから。出来る事と言ったら手打ちをさせて抗争を止める事くらいかな。それも、両者が納得したらの話だけど」


「『月下狼』にしたら、有利に運んでいたのに介入されたら『竜星組』への不信感が生まれるだけ……よね。『黒炎の羊』は、王都の古株組織の自尊心もあるし、背後のエラインダー公爵の手前、今の状況で承諾するわけがないかも……」


「そういうこと。お互い致命傷を負うまでは引くに引けない状況なんだよ。だからそこにうちは口出せないよ」


 リューは首を竦めて、メイドのアーサが淹れてくれたコーヒーを飲む。


 一息ついてリューは続けた。


「どこを見てもエラインダー公爵の影があって大変だよ。そういう意味では南東部で勢力を持つスゴエラ侯爵は凄いね。ランドマーク家がその下でいかに守られていたかがよくわかるよ。ランドマーク伯爵派閥として独り立ちした今、エラインダー公爵派閥から圧力がいつかかってもおかしくないからなぁ。南部のエラソン辺境伯派閥などからはすでにうちとの関税を引き上げてくる嫌がらせが始まっているから、今は、エラインダー公爵とは事を起こしたくないよね。当面の敵は少ない方が良いよ。その間に味方や対抗勢力は沢山作っておかないと」


 リューは本家のランドマーク家の苦労も察して、オチメラルダ公爵家のエミリー嬢など、あらゆるところからの情報収集に余念がないのであった。

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