第377話 更生施設ですが何か?

 目の覚めたシシドーの眼前では信じられない光景が広がっていた。


 オーガ一体に苦戦していた自分に対し、リューという子供はその上位種であるブラックオーガを一刀両断にしたのだ。


 それも、シシドーは斬った瞬間が全く見えなかった。


 ただ、リューが片刃の見慣れぬ剣をいつの間にか抜いていて、それをゆっくり鞘に戻すのだけが確認できた。


 そうするとどうだろう、ブラックオーガの胴体がいつの間にか真っ二つになって絶命したのだ。


 それはもう強いかどうかのレベルではなかった。


 その動きが見えない時点で対応できないのだから、勝てる気など全くしない。


 シシドーは自分が紙一重で負けた(実際はそうではないが)エルフのボスにあたり強者カミーザの孫でもあるリューに格の違いを思い知らされるのであった。


 呆然とするシシドーを他所に、残りのオーガ狩りが展開された。


 そこで、自分と紙一重の戦いをしたはずのエルフのリーンがオーガを容易に倒していく姿を見せられる事になった。


「俺と対した時は本気ではなかったのか!?」


 シシドーはリューに続き、リーンの活躍ぶりにも目を見開き、呆然と立ち尽くすのであった。


 そこにオーガが襲い掛かった。


 シシドーはそれに対して反応が遅れ、絶体絶命の危機であった。


 し、死ぬ!


 シシドーがそう確信した時だった。


 スードがオーガを背後から斬り捨てていた。


「シシドー、魔境の森で気を緩めるな!死にたくなければ、常に気を張れ、周囲に仲間がいようとも油断するな。そうでないとすぐに死ぬぞ?ここはそういう場所だ」


 スードの叱咤にシシドーは正気に戻り、分銅付き鎖を構えて他のオーガがいないか周囲に目を配るのであった。


 その光景をリューが見た。


「シシドーの目の色が変わったね」


 リューが隣のリーンに声を掛けた。


「そうね。少しは己の弱さを自覚した感じかしら?」


 リーンもリューに賛同すると変化を指摘した。


「元々腕はいいんだからこれで使える様になれば御の字かな」


 リューは、シシドーの腕は元々買っている。


 特殊な得物でまぐれに近いがリーンにかすり傷を負わせたのだ。


 そういう意味ではシシドーの武器は特殊過ぎるから、初見殺しである。


 慣れられると対策を取られるだろうが、その前に相手を倒す確率の方が高いだろう。


 それにシシドーは交易の街トレドの裏社会では相当有名な組織のボスとしても優秀だったようだ。


 子弟を人質にその親であり派閥の長であるエラソン辺境伯を強請ろうとする程、頭がおかしい人物ではあるが、そのくらいぶっ飛んでいた方が、南部一帯を任せられると思っていた。


 あとは自分に対する忠誠心ではあるが、それは僕がここにいる数日の間に教え込めばいいかと考えるリューであった。


 ふふふ……。


 リューは不敵な笑みを浮かべる。


「リュー、悪い顔してるわよ?」


 リーンがその笑みにツッコミを入れるのであった。


「はっ!?お、悪寒が!──俺を狙う敵か!?」


 シシドーは、何か不吉なものを感じて慌てて周囲を確認する。


 どうやら、リューの教育的指導を前にそれを察知するだけの本能的な勘は鋭いシシドーであった。



 リューとリーン、スードの魔境の森滞在五日の間、シシドーはリュー達の化け物ぶりをひたすら近くで見せられる日々が続いた。


 もちろん、カミーザの方針で二十四時間、シシドーは生きた心地がしない生活を魔境の森で過ごし続けているのであったが、それに加えて自分などでは足元にも及ばない強力な魔物を人間離れした能力と技で退治していくリュー達を見せられるのだ。


 それは刷り込みの様に脳内に記憶されて行く。


 魔境の森において、絶対的強者が傍にいる時程安心する事はない。


 その瞬間だけが唯一、気を休める事が出来るのだ。


 それがカミーザやリュー、リーンであった。


 それは生まれたての無力な子犬が親を頼って擦り寄り、安心してお乳を貰うかのようであり、シシドーにとっては文字通り三人は命綱であった。


 魔境の森は己の無力さを徹底的に知り、頼れる存在が誰であるかを刷り込まれる場であった。


 わずか五日の出来事であったが、シシドーにとって絶対的なボス、親分はカミーザやリュー、リーンである事を心の底から叩き込まれたのであった。



 五日後。


「それではおじいちゃん。僕達は一度ランドマーク本領に戻って、王都に出掛けるね」


 リューは劇画タッチのシリアスになった自分の顏を元に戻しながら、祖父カミーザに挨拶をする。


「カミーザおじさん、若い衆やシシドーの事よろしくね」


 リーンもシリアスな顔を元に戻してお願いした。


「おう、ご苦労様じゃったな。あとの事は任せておけ。いつものように使えるようにして送り出すわい。わははっ!」


 祖父カミーザは笑って手を振る。


「若様!姐さん!お元気で!お世話になりました」


 シシドーが名残惜しそうに言うと、深く頭を下げる。


「シシドー、一か月おじいちゃんの元で励め。そして、『竜星組』の看板を背負える人間になれ。その時、改めて迎えに来るよ。──みんなもね」


 リューはシシドー、そして、送り込んである若い衆にも声を掛けた。


「「「へい!お疲れ様でした!!!」」」


 シシドーと若い衆は一斉に挨拶をしてリューとリーン、護衛のスードを見送る。


 三人は頷くと『次元回廊』でその場から一瞬で消えるのであった。

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