第371話 エリザの領民の大歓声ですが何か?

 南部三大?派閥の面々が整列してから、王女リズの乗った馬車からまずはリーンが降りて来て、その後にリーンの手を取って王女リズが下車した。


 その光景にエラソン辺境伯が「?」という顔をした。


 そして、側近に声を掛ける。


「うちの息子が一緒ではないぞ?」


 あ、この人まだ、マジデール、ゴーマス男爵がやらかした事知らないのか!


 リューは本人に言った方が良いのかどうか躊躇われた。


 自分を襲わせようと用意したチンピラ達がマジデールを別の組織に売り、その組織があなたを強請る為に誘拐しようとしましたが、僕達がそれを助けました。でも、それを恥じたお宅の息子さんはあなたに報告する事無く自領に戻ったみたいです。


 事実だけを言うとそういう事になるのだが、この場でそれを言うとエラソン辺境伯は他の派閥の長の前で恥をかく事になる。


 さすがに与力の身でそれを言うのは憚られた。


 エラソン辺境伯の疑問をよそに、王女リズが馬車から降り立つと周囲を囲んでいる領民達からもより一層の歓声が上がった。


 王女リズはまだ、今年十三歳ながらその美貌は十分であったし、ここまでの旅でその王家の一員として十分すぎる立派な振る舞いを各地で行ってきたのだ。


 それらは噂話で町全体に伝わっていたから、その姿を前に噂は事実であろうという説得力のある雰囲気を誰もが感じるのであった。


 そこに、南部派閥の長達が跪き、王女リズを迎える。


 王女リズは三者の出迎えにお礼を述べると屋外にセッティングされた主賓席に付く。そして、今回の歓迎式典を準備してくれた事に感謝し、王家に今後も尽くしてくれるようにと、領民へ直接的な挨拶を行った。


 これには領民達は感動した。


 本来であれば、こういう式典においては、王女の代理人が代わりに王女の言葉を伝える場面である。


 それは声量魔法を使用して自らの言葉で領民に挨拶する事など王都の民でもそうあり得ない事であったから、南部の者達は王女の肉声による感謝に文字通り身が震えた。


 そして誰からか、


「王女殿下、万歳!王家に変わらぬ忠誠を!」


 という言葉が叫ばれると、城館前の式典会場をその大合唱で震わせる事になるのであった。


「最初に叫んだ人の声、誰だかわかった?」


 耳の良いリーンが、横に立つリューに聞いた。


「うん?誰か知っている人だったの?」


 リューは想像がつかなくて聞き返した。


「イバルよ。最後まで仕事してるわ」


 リーンが大歓声の中、クスクスと笑って感心した。


「──やるなぁ、イバル君。今回の裏方仕事の集大成だね。これはボーナス弾まないと!」


 リューも友人であり、部下であるイバルの仕事ぶりに、満面の笑みを浮かべるのであった。



 こうして、王女リズの南部王家直轄領訪問は見事に王家の権威を示し、大成功を収める事になった。


 そして、この大合唱は南部派閥の長達にも王家の権威が南部まで行き届いている事を示す事になった。


 もちろん、ランドマーク家は最初から王家への忠誠心は間違いない事であったが、エラソン辺境伯や、ダレナン伯爵にとっては南部にあって王家の名を借りて領地を好きに治めている地方貴族の首領みたいなものであるから、中央の貴族達に比べて、どこか王家の事を軽んじているところがあったのだ。


 だが、この大合唱に自分達が王家に仕える身である事を改めて確認する事になったと言えた。


 それほどまでに、この大合唱は、南部の民の声を代表するかのようなものに聞こえたのであった。



 この式典から数日。


 王女リズは領都エリザに滞在し、街の有力者や周辺の街や村の代表などに会って声を掛け、改めて王家に忠誠を誓ってもらうという面会をいくつも行う事になる。


 もちろんその中には、予定にない訪問者であった南部派閥の派閥長達がいて、予定を変更してエラソン辺境伯、ダレナン伯爵、そして、ランドマーク伯爵の順で面会した。


 だが、面会後のエラソン辺境伯はなぜかうなだれて面会会場になった応接室から出て来た。


 どうやらあまり、芳しい内容の面会ではなかったようだと、それを見てダレナン伯爵はほくそ笑み、自分の番の面会に向かう。


 そのダレナン伯爵も一時間後、特徴の無いぬめっとした顔に渋い表情を浮かべて出て来た。


「いつの間にうちの税収の正しい額を調べ上げていたのだ……」


 ほとんど誰にも聞き取れない声でそうつぶやくとダレナン伯爵は部下を連れて足早に去っていく。


 それを聞いていたのは耳の良いリーンだけであった。


「王家に周囲の情報を流したのうちよね?」


 リーンはリューに聞いてみた。


「うん、厳密にはランドマーク家の間者を周囲に派遣して調べ上げたものをミナトミュラー家がリズに報告した感じかな。だから表面上はランドマーク家は何も関係ないよ。それが問題になっても責任はうちで終わり」


 リューはニヤリと笑って見せた。


「それでもファーザ君がトカゲの尻尾切りみたいにうちを切るわけないじゃない」


 リーンが呆れて指摘した。


「本家に傷がつかなければいいという話だよ。それが親と子の関係性さ」


「それ、ゴクドーの言い回しの方の親と子でしょ?──言いたい事はわかるけどね」


 リーンは頷くと王女リズのいる応接室に入っていく。


 派閥長の面会には関係性を考慮して席を空けていたが、他の面会にはリーンは護衛として同席しているのだ。


「じゃあ、リズはリーンに任せて、行こうかスード君。僕らは、イバル君と合流してここに拠点を一つ作っておきたいからね」


 リューはリーンを見送ると、街に繰り出すのであった。

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