第370話 エリザの街ですが何か?

 学校の終業式以来の友人達の集まりの翌日にはイバルは部下と共に先行して最終目的地エリザの街へと向かった。


 王女一行はゆっくりと進む。


「結局イバル君は忙しいままだね」


 リューが馬車内でスードに話しかけた。


「イバルさんも主から仕事を任されている以上、部下の手前もありますから、気は抜けないですよ」


 スードはイバルの立場を代弁した。


「……そうだね。あとは最終目的地のエリザの街だけど、式典もあるし、そこに数日滞在して周辺の街や村に王家の威光を示す事になっているから、まだ、油断はできないか」


 それにエリザの街には南部の二大派閥、エラソン辺境伯家とダレナン伯爵家が挨拶の為にすでに訪れているという。


 そこに父ファーザもリューが『次元回廊』を使用して呼ぶ予定であるから、南部の派閥の当主が勢揃いする事は過去に例がない。


 それこそ王家の威光の成せる業であるが、トラブルが起こらない様にイバルが部下を率いて裏方に徹しているのであった。


「ええ、近衛騎士のヤーク子爵様も護衛責任者としてすでに近衛騎士をエリザの街に送り込んで、領兵の指導に当たっているそうですが、元侯爵の領都ですから、油断できないとおっしゃってました」


「スード君。最近、ヤーク子爵と仲良すぎない?」


 ここのところ、スードとヤーク子爵は朝一番に剣の稽古を行っている。


 スードは元々、王国の各騎士団のスカウトから目を付けれていたスキル『聖騎士』持ちであったから、ヤーク子爵も手合わせしてみてスードを気に入った様子だ。


 平民であるスードが近衛騎士になるためには、最低でも騎士位を得たのちに活躍するという段階を経て、近衛に取り立てられる必要がある。


「円滑な人間関係を作る事で有益な情報を得られると主がおっしゃていたから、自分はヤーク子爵とも仲良くさせてもらっているだけですよ」


 確かに堅物のスード君の人間関係が心配だから嘘も方便でそんな言い方を以前した事はあるけど、それにしてもドライだね?


 リューは少しスードが心配になるのであったが、どんな情報でもあるとないとでは全然状況が変わって来る。


「近衛騎士達も警戒してくれているのなら、大丈夫そうだね。それになにかあったらイバル君が気付いて報告くれるでしょう。……あ、これだからイバル君は忙しいのか!……ごめんよ、イバル君……!」


 リューはイバルが大変なのは自分にある事をやっと気づいて少し反省するのであった。



 王女一行は何事も無く途中の村でもう一泊すると、そのまま最終目的地南部王家直轄領の領都であるエリザの街に到着した。


 元侯爵家の領都というだけあり、これまでの街とは比較にならない大きさの城門と城壁が一行を出迎えた。


 城壁には王家の紋章が描かれた旗が翻り、城門を潜ると大観衆が王女一行を大歓迎した。


 紙吹雪が舞い、歓声が上がる。


 これには王女のみならず、リュー達も驚いた。


 想像以上の歓迎ぶりだ。


「一目でいいから王女様の顔を拝めないかな? 何でもとても美人らしいぞ!」


「それに、途中の街では見事なお裁きで旧モンチャイ伯爵の部下をお取立てになったとか」


「南部にそんな王家の姫君が訪れてくれる事なんてもうないかもしれない!」


 など、馬車の窓を開けるとそんな声がちらほらと聞こえてきた。


「やけに道中での情報が筒抜けじゃない?」


 リューがスードに聞く。


「イバルさんが情報を流して、王家の評判を上げておいたみたいですよ。王家に統治される以上、人気は上げておくに越した事はないからと、自分に道中での王女殿下の活躍を聞いていましたから」


 スードが、リューの疑問に答えた。


「イバル君、さすが仕事ができる男!」


 リューは、友人であり、部下であり将来のミナトミュラー家の屋台骨を支える柱の一人を頼もしく思うのであった。


「この感じだと表立って元侯爵家に忠義立てする者もいないかもしれないですね」


 スードはイバルの影での功績を評価するように言った。


「そうだね。領民にしたら、善政を敷いてくれる統治者であれば、反抗する理由はないから、王家の良い評判がこの南部に広まれば、問題が起きる事はほぼないよね」


 リューもイバルの立場なら同じ事をしただろうと思うのであった。


 一行は歓迎ムードの中、領都の城館に入城した。


 そこには領都の統治を任されている代官がいたが、その両脇には知った顔があった。


 左側にエラソン辺境伯が派閥の貴族達を引き連れて並んでいるのに対し、右側にも見た事がない偉そうな貴族とそれに付き従う貴族達が並んでいる。


 きっと右側はダレナン伯爵派閥の面々なのだろう。


 リューは、先に馬車を降りると、すぐに『次元回廊』でランドマーク本領に戻り、父ファーザを連れて戻って来た。


 他にも兄タウロ、その友人でありランドマーク伯爵派閥に所属しているブナーン子爵、先祖が王家から宝石を賜った事もある名家マミーレ子爵なども続々とリューは『次元回廊』で連れてきた。


 一同はランドマーク家に集結して待機していたのだ。


 こうして南部の三大派閥が集結する事になったのであった。


「ふん! 新参者が我々と並んで王女殿下をお迎え出来るだけでも光栄に思えよ」


 ダレナン伯爵派閥下の貴族がランドマーク伯爵派閥の面々に気づいてそう吐き捨てる様に言う。


「はっはっはっ! ダレナン伯爵の元にいる者は品が無いな。派閥というにも程遠い弱小集団相手に、目くじらを立てているようでは、いつまで経ってもうちの背中は見えて来ませんぞ?」


 エラソン辺境伯が自分は一つ格が違うとばかりに揚げ足を取る。


「これはエラソン辺境伯、あまりそういうもの言いは感心しませんな。──うちの者が礼儀をわきまえていなかったようだ。ランドマーク伯爵、失礼した」


 ダレナン伯爵は黒髪に生え際が後退した頭部、茶色い目、ぬぺっとした顔であまり特徴があるとは言えない人物であったが、常識をわきまえているのかファーザに頭を下げて謝罪したのであった。


 それを見てリューは、エラソン辺境伯の、十分な才能を持ちそれを隠さない貴族らしいタイプに対し、ダレナン伯爵は底を見せず、表向きは常識人として振舞うタイプのようだ、そしてそれは水と油のように相性はかなり悪そうだと分析するのであった。


 なぜなら両者は完全に火花を散らしていたからだ。


 ランドマーク伯爵派閥はそういう意味では両者の眼中になく蚊帳の外であったが、今はそれでいいと思うリューであった。

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