第346話 両断ですが何か?

 勝利を確信して揺るがない道場側の師範代とリューが見合った。


 審判には長男タウロが付く。


「──それでは、始め!」


 長男タウロの開始の合図と共に、師範代は能力を発動した。


「『攻撃力上昇』、『俊敏力上昇』、『体力上昇』!」


 どうやら、試合開始に合わせて発動できるように準備していたのだろう。


「あ、汚ねぇぞ!」


 ランスが、ヤジを飛ばす。


「能力を発動したら駄目だとは、言っていまい!」


 師範代の自信はこういう事であったのだ。


 だが、リューは眉一つ動かさない。


 ただ静かに木剣を中段に構えている。


 師範代は、子供とは思えぬ落ち着きぶりに少したじろいだが、気を取り直すと、すぐに仕掛けた。


 やはり、師範代を名乗るだけの事はある。


 その動きは力強く俊敏で鋭く、ただの木剣であっても命を落としかねない攻撃を次々に繰り出した。


 だがリューはその攻撃を易々と木剣で防いでは捌いて見せる。


「……やるな!だが、木剣の方が持つかな!?」


 師範代の意味ありげな言葉に応援する王女リズ側は「?」となった。


 だが、その疑問もすぐにわかった。


 攻撃を防いでいるリューの木剣から木片が散ったのだ。


 師範代の攻撃の激しさに木剣は削られる様に木片が散り、砕かれて行く。


「おかしくないか?あっちの木剣の方は何ともないのにリューの方木剣だけ削られるなんて!」


 ランスの言う通りだった。


 師範代の扱う木剣の芯には魔道具として加工された金属の芯が入っており、強化されていたのだ。


 リューはその事は、自身の鑑定眼で気づいていた。


 どんなものなのか興味があったから放置しておいたのだ。


 へー。こんな感じで木製の剣を強化できるのか……。でも、使い勝手は悪いかな。


 残念そうな顔をするリュー。


「リュー!木剣が折れる前に勝負をつけなさいよ」


 リーンが、緊張感のないリューに指摘する。


「あ、そうだった。それじゃあ──」


 観戦者達からは、師範代の激しい攻撃になす術もなく防戦一方に映っていたリューであったが、ボロボロの木剣を一閃すると、師範代の動きが一瞬で止まった。


 誰もがあまりの速さに何が起きたのかわからない。


 そして、リューの持っていたボロボロの木剣は途中から砕けて先端部分が宙を舞っていた。


 くるくると先端は回転して地面にこつんと落ちる。


 それと同時に白目を剥いたままの師範代はその場に倒れるのであった。


「──それまで!勝者、リュー!」


 わー!


 観戦していた近隣住民達は何が起きたかわからない勝敗であったが、あのツヨーソ流剣術の師範代が年端も行かぬ子供に負けたのが痛快だったのか一気に歓声が起きるのであった。


「何が起きたかわからないが、すげぇー!」


「絶対子供の方が負けると思ったから、驚きだぜ!」


「どこの道場の子供だ?俺もその道場に行きてぇー!」


 観戦者達のリューに対する驚きが圧倒的だった。


「勝てたものを、油断しおって馬鹿者が!」


 ずっと静かであった道場主である師範が、師範代をこき下ろした。


 気を失った師範代は、回復した四天王の門下生達によって道場の脇に移動される。


「──では……。次、前へ」


 長男タウロは淡々と審判として進行する。


「審判、提案がある。次の試合、私は木剣ではなく、真剣で行いたいがどうかな?怖いなら木剣でもいいが」


 道場主は意外な提案をしてきた。


 というより、これは、駆け引きだった。


 相手は子供、真剣での戦いはほとんど経験がないはず。断ればそれだけで動揺して剣が鈍るだろうし、受けたら受けたで慣れない真剣勝負に恐れてまた、剣が鈍るだろう、という打算であった。


 道場主は相手の子供達が只者ではないとわかっていたが、それでも勝ちは油断しなければ、こちらにあると思っていた。大人と子供では経験の差からして違う。


 それにこちらは、ツヨーソ流剣術を修め、場数が違うのだ。


 道場主は石橋を叩いて渡るくらいの徹底して全ての策を講じるのであった。


「──わかりました。いいですよ!」


 一見おっとりとしている次男ジーロは、迷う事無く承諾した。


 これには道場主を少しを目を見開いて驚く。


「……よいのだな?手加減はせぬぞ?場合によっては死ぬ事も──」


「大丈夫です。死線を潜る経験は兄弟で嫌という程してるので」


 次男ジーロは魔境の森での経験を思い出しつつ、笑顔で道場主の言葉を遮った。


「ぐっ……。わ、わかった。よかろう。死んでも恨みっこ無し。運よく怪我で済むならば、こちら側が用意したポーションを使用してやろ──」


「それも大丈夫です。こっちも用意はあるので」


 今度は、リューが、道場主の申し出を断るとマジック収納からポーションをいくつか取り出した。


「ふ、ふん!よかろう。真のツヨーソ流剣術奥義をとくと味わうがよい!」


 道場主は眼光鋭くそう宣言すると、審判である長男タウロの進行で試合が開始されるのであった。


「きぇー!」


 試合開始と共に、道場主の奇声が場内に響き渡る。


 その声に観戦者達は、気圧され一瞬で静かになった。


 だが、次男ジーロはどこ吹く風で自然体で剣を構えている、動揺は全くない様だ。


「──食らうがよい……。ツヨーソ流剣術奥義『豚鬼両断』!」


 道場主である師範が技名を名乗ると、素人には全く見えない動きで横殴りに剣が唸り、対戦相手である次男ジーロに襲い掛かった。


 その剣筋は本物で、ジーロの前髪が数本切れて地面に落ちた。


「ふっ……。あまりの速さに身動き一つとれぬではないか。次は、体が真っ二つになるぞ……!」


 道場主はどうやら脅しでジーロの前髪のみを斬り落としたようであった。


 次男ジーロは、眉一つ動かさない。


 どうやら最初から自分に当たらないからかわそうとすらしなかったのだが、道場主は動けなかったと解釈したのだ。


「それでは、終わりだ。餞別代りだ。私が会得したツヨーソ流剣術秘技『牛鬼斬』で終わらせよう」


 道場主は最初の剣でジーロとの間には大きな差があると確信したようだ。


 もちろんそれは、自分の方が強いと思っているのだが……、実際のところは次男ジーロは剣筋の遅さ、無駄な一振りに、「もう、斬っていいのかな?」と、考えていた。


 道場主が、秘技を出す為に片手で剣を構え直し、じりじりとジーロと距離を詰めた瞬間であった。


 道場主が剣の間合いに入ったので、ジーロは迷う事無く剣を一振り袈裟切りに振るった。


「へっ?」


 道場主は剣を両断されながら血しぶきを上げた。


 まさに一瞬であった。


 ジーロはポーションで治るギリギリの深さで道場主を斬り捨てた。


 あまりの鮮やかな剣筋に斬られた道場主は自分の手にした剣が両断された事にしか気づかず、自分が血しぶきを上げてから初めて、自分も斬られた事を察したほどであった。


「そこまで!──リュー!」


 審判である兄タウロがリューに声を掛ける。


 リューもすぐに倒れた道場主に駆け寄ると、ポーションをかけて治療に入るのであった。

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