第296話 名誉職ですが何か?
ボッチーノ、ヨイドレン両侯爵の酒造商会が、酒造ギルドから追放されたという一報は、貴族社会に激震をもたらした。
なにしろ上級貴族な上に、王都の貴族社会に出回っている高級酒はボッチーノ、ヨイドレン酒造商会の銘柄がほとんどだったのだ。
それが、最近、出回っている『ドラスタ』と、『ニホン酒』の攻勢により、押され始めていた。
とはいえ、知名度はもちろん、会長、副会長として酒造ギルドに君臨し、貴族社会でも絶対的地位にあったので、他の貴族達もこの二人を、恭しく扱っていたのだが、一夜にしてその絶対的地位を守るための酒造ギルドの地位を追いやられ、それどころか不正の疑いで訴えられている。
これには、王家も遺憾の意を示したので、どうやら本当の様だと、一層、騒ぎになった。
これをきっかけにボッチーノ、ヨイドレン両侯爵家は没落していく事になるのだがそれはこれから先のお話である。
その話はさておき、さらに驚いた事には、その両侯爵のギルド追放劇の立役者が、酒造ギルド幹部で老舗の商会を経営するメーテイン伯爵と、今、飛ぶ鳥を落とす勢いであるランドマーク伯爵の与力であるミナトミュラー準男爵という下級貴族によって行われたらしい事だ。
「ミナトミュラー準男爵?」
「ランドマーク伯爵のところの三男で、魔法花火の開発者だそうだ」
「ああ、あの!──だが、なんでその準男爵如きが、両侯爵を追い出せたのだ?」
「知らないのか?ミナトミュラー準男爵の経営する商会は、『ニホン酒』を造っているところだ。最近、陛下の鶴の一声で、三等級から一等級に格上げされて勢いに乗っていたからな。それを内心快く思っていなかった両侯爵の立場は悪くなっていた。きっと、酒造ギルド内での発言力が増していたんだろう」
「……うーんしかし。準男爵など、その地位はあってない様なものだが?」
「その準男爵とメーテイン伯爵が幹部会で両侯爵の罪を追及した結果、全会一致で追放が決定したそうだから、両侯爵も幹部達から日頃、恨みを買っていたのかもしれんな……」
「なるほど、そういう事か……。ミナトミュラー準男爵は、そのきっかけになったのだな。──ならば理解出来る」
貴族達は憶測も交えて、入ってくる嘘か本当かわからない情報を基に、両侯爵の去就と下級貴族であるミナトミュラー準男爵を話題にするのであったが、この数日後、下級貴族と甘く見ていたミナトミュラー準男爵について新たな情報が飛び込んで来た。
それは、ミナトミュラー商会が、謎の密造酒銘柄『ドラスタ』の製造元になっていたからである。
それはつまり、王都における正規の酒造シェアが事実上、一番である事を意味した。
お酒というものは、人類においてとても重要な位置を占めている。
失脚した両侯爵がそうであったように、お酒の実権を握るという事は、あらゆる所への影響力を持つ事になるのだ。
今や王都は突然、彗星の如く現れたこのミナトミュラー準男爵の話題で持ちきりになるのであった。
「──という事で、全会一致で僕を酒造ギルドの副会長に任命して頂きましたが、今回、辞退したいと思います」
リューは、連日行われていた酒造ギルドの幹部会で、開口一番そう、宣言した。
「ど、どうして!?」
幹部達は一様に驚いた。
当然である。
副会長の座はどう考えても、権力の中枢に食い込めるほどの力を持つ魅力的な地位である。
準男爵という低い地位を考えると、副会長の座はそれだけで魅力的なはずであったから、辞退する意味が分からないのであった。
「僕の地位が準男爵と低い以上、副会長の座は相応しくありません。今後の酒造ギルドの立場を悪くする可能性もあります」
「だがしかし、今回のボッチーノ、ヨイドレン両侯爵の追放劇の立役者は、メーテイン伯爵とそなただ。それに、王都内での酒の販売シェアもミナトミュラー商会が一番だ。酒造ギルドの伝統で、一番のシェアを持つ商会のトップは、要職に付くのが習わしでもあるのだぞ?」
「それは、幹部会入りさせて貰った事だけで十分です。準男爵という立場上、これ以上の地位を求めるのは、強欲が過ぎます」
リューはそう答えると、笑って改めて副会長の座を辞退するのであった。
「なんと無欲な……」
「うちの養子に欲しいくらい謙虚で誠実な人物だな」
「うちの子にこの話を聞かせたいくらいだ」
幹部達は一様に、リューの無欲な態度に感心し、改めて酒造ギルドの未来は明るいと思うのであった。
というのが、リューの表向きの発言であったが、実際は色々と断りたい理由が他にもあった。
まず、現在、ミナトミュラー商会の人手不足がある。
その為リューも忙しい身であり、これから酒造ギルドの悪くなったイメージの回復や、立て直しなど沢山の仕事が山積している状態の酒造ギルドを受け持つ気はないのだ。
副会長になってしまったら、それを一手に任される事になるのは目に見えていた。
そんな事、今のリューには無理な話である。
それに、主家であるランドマーク家以上に目立つ事は避けたい。
主家あってこその与力である。
この立場は絶対だ。
もちろん、主家であるランドマーク家の当主である父ファーザは、そんな事は気にしないであろうが、世間は違う。
寄り親より目立つ与力がいては、他の貴族に示しがつかず、他の貴族もそれを放置しているのを見たら、快く思わないだろう。
それは、ランドマーク家の評判を落とす事にもなるので、リューは断固副会長の座を、拒否するのであった。
「……ならばどうだろう。酒造ギルド会長付き顧問という地位を作り、その地位にミナトミュラー準男爵に付いて貰っては?」
酒造ギルド新会長であるメーテイン伯爵が、そう提案をしてきた。
「……なるほど、それならば、準男爵殿でも会長に付き添って色んな場にも出れますし、王都内一番のシェアを誇る商会の会長である立場としても悪くないですな」
「「「会長の意見に賛成!」」」
幹部達は、この意見に賛同した。
名誉職か、それなら目立たないし、仕事もないし、良いかもしれない!
リューは、メーテイン新会長の配慮に内心で感謝するのであった。
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