第271話 怨恨ですが何か?

 剣術大会以前から水面下で燻っている問題があった。


 それは、元エラインダークラスにいるマキダールのイバルへの怨恨である。


 イバルが男爵家に養子に入り、イバル・コートナインとして学校に復帰、リューや王女の振る舞いによって、イバルに対する風当たり自体はほとんど無くなっていたものの、密かにマキダールの恨みつらみは積もる一方であった。


 そんなマキダールも剣術大会で直接イバルにやり返すチャンスが訪れたのだが、それも返り討ちにあった事で失敗に終わった。


 魔術大会では、やり返すどころか、良いところが無く、鬱憤は溜まる一方となり、ついにそれが爆発する日が来た。



 それは、昼休みの事。


 イバルが一人、職員室からの帰りであった。


 マキダールとその取り巻き達、元エラインダークラスの連中と出会い頭に鉢合わせした事で起きた。


「これはこれは、元公爵家のイバル坊ちゃんじゃないか!」


 マキダールは取り巻きを引き連れている勢いそのままに、目の前のイバルに大きな態度で前に出た。


「……」


 イバルは、相手にしない方が良いと思ったのだろう、無視して横を通り過ぎようとする。


「おっと、待てよ!以前、俺達がお前の話聞いていなかったら、恥ずかしい目に合わされていたのに、お前は無視して何も無しに通れると思っているのか?」


「そうだ、そうだ!」


 過去の話を持ち出して、イバルを責めるマキダール達。


「……その時は、すまない事をした」


 イバルは素直に謝罪した。


 そして、また、通り過ぎようとする。


「ま、待てって言ってるだろ!いまさら素直に謝ったからって許されると思っているのか!馬鹿にするな!」


 あまりに呆気なく謝罪するイバルに面食らったマキダール達であったが、それに逆上して怒り始めた。


「馬鹿にしているつもりはなかった。すまない」


 イバルは、また、謝罪した。


「……ふん!剣術大会では紙一重で負けたが、俺は剣と魔法、両方を併せ持って能力を発揮するタイプだ。イバル・コートナイン、今から俺と剣と魔法両方を使って勝負しろ!」


「断る。それに私闘は禁じられている」


「別に私闘を求めていないさ。あくまで練習試合だ。──なぁ、みんな!」


「そうだ、そうだ!」


「逃げるのかイバル!お前が逃げれば、お前が引っ付いているミナトミュラー準男爵も恥をかくぞ!」


 取り巻き連中も言いたい放題だ。


「……わかった。だが、これが最初で最後だ。勝負の結果に関係なく終わりにしてくれ」


「そんな事、お前が決める事じゃない。もちろん、お前が負ければ、俺達の奴隷決定だけどな!」


 マキダールは余程自信があるのか大きな事を言ってきた。


「……それは、自分が負けた時の事を考えているのか?」


「俺が負ける事は無いから考える必要もないさ。ははは!」


 マキダールはそう言い切る。


「マキダール、君に才能があるのは知っている。だが、俺は負けない。もう一度聞く。君が負けた時はどうするんだ?」


「余裕じゃないか。その時は、お前の言う事を何でも聞いてやるさ!だがな正義は俺達にある。過去を無かった事に出来ると思うなよ!」


 マキダール達の中では、イバルは絶対悪であり、自分達は虐げられた過去を持つ絶対正義だと思っているようだ。


「……それじゃあ、さっさと終わらせよう」


 イバルは、職員室に引き返すと練習試合の名目で教師から武道場の使用許可を取り、マキダール達を連れて向かうのであった。



 武道場に着くと、両者は早速練習試合用の剣を取り、対峙した。


「じゃあ、始めよう」


 イバルが開始の合図をする。


 すると、すぐにマキダールは、強化魔法を唱え、自身の身体強化を図った。


 そして、すぐにイバルに斬りかかる。


 イバルはマキダールの上段からの斬撃を受けるが、その想像以上の重さに軽く後方に吹き飛ばされた。


 マキダールは強化魔法を使い慣れている……!


 イバルが、驚く中、マキダールは、勝てると確信したのか、次々に斬撃を繰り出した。


 イバルは、紙一重でその攻撃を受け流し、躱し、防ぎ耐える事で凌いでいく。


 だが、マキダールの取り巻き達から見たこの展開は、一方的と思える内容であった。


 マキダールもこのまま、力押しすれば勝てると判断したのかここぞとばかりに突進して来た。


 このマキダールの突進攻撃には、防御しながらも派手に吹き飛ばされ壁まで到達した。


 イバルは、苦痛の表情を浮かべたが、勝負は決していない。


 そう、結局、マキダールの攻撃は全て、イバルが耐え凌いでしまったのだ。


 取り巻き連中は、形勢はマキダールに有利だと、思ったのか声援が鳴りやまない。


「くそっ!」


 魔力が足りなくなってきたのか、マキダールは荒い息をついて身体強化魔法を再度自分に唱えた。


 それに合わせる様に、イバルも何かを唱えた。


「今度こそ終わりだ!」


 マキダールは、そう宣言すると、イバルにまた剣を向けると、突進の構えを取った。


「……そうだな。終わりにしよう」


 イバルは、壁の傍から、一瞬でマキダールまで距離を詰めた。


 そう、イバルも身体強化魔法を使ったのだ。


 マキダールは、目の前に一瞬でイバルが詰めた事に目を見開いて驚くと剣を盾にする様に構えた。


 ガキン


 金属の鈍い音が鳴り響いた。


 イバルが剣を一閃すると、マキダールの剣は、その途中からへし折れてしまった。


 呆然とするマキダールに、イバルは剣先を向けた。


「そこまでだよ!」


 マキダールの取り巻き達の背後から、声が上がった。


 そこには、リュー達隅っこグループが、立っていた。


「勝負あり。イバル君の勝利だ」


 リュー達は、マキダールの取り巻きの間を通っていくと、イバル、マキダール両者の元にリューが近づいて行った。


「マキダール君、イバル君は君を尊重して勝負を受けた。そして、勝負はついた。これ以上の恨み妬み、嫌がらせは貴族の子息として恥ずかしい行為だとわかるよね?」


 リューが諭すようにマキダールに問うた。


 マキダールは、悔しそうに、だが、リューの言葉を理解すると、間を置いて頷いた。


「じゃあ、お終いだ。二人とも昼休みはもう終わるよ。教室に戻ろうか」


 リューは、イバルの背中を押すと戻る様に促すのであった。


「……また強くなってるね」


 リューは一部始終を見ていたのか、イバルを褒めた。


「リューには、まだまだ敵わないけどな」


 と、謙遜するイバル。


「リューと比べるのはおこがましいわよ」


 と、リーンがイバルに注意した。


 すると、隅っこグループから笑いが起こるのであった。


 こうして、マキダールとイバルの間の怨恨は万事解消されたのであった。

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