第269話 繁忙期ですが何か?

 今の時期、ランドマーク領、ミナトミュラー領共に主な収穫が一息つき、製造業に力を入れる時期だ。


 ランドマーク領では、王都向けの製造から南東部を中心にした東部、南部向けの製造に切り替えている。


 王都向けの製造はミナトミュラー領で補えるようになってきているからだ。


 もちろん、まだ、補えないものもある。


 それは、魔境の森・開拓の地で生産されている果物の類や、『チョコ』の元であるカカオンなどである。


 ミナトミュラー領ではその生産の為に研究は始められ、施設も増築中であるが、まだ、目途はたっていない。


 農業の事はさておき、リューのミナトミュラー領では、職人や従業員の奮闘の元、各施設の建築が進み、加工品の水飴から馬車の増産、ビルの建築まであらゆる方面での活動が活発化して来た。


 水飴に関しても、ランドマーク印の高級品である『チョコ』は贅沢品だし、市場に出ている砂糖はもちろん高級品。さらにこれも高級品扱いで薬にもなるはちみつに比べ、水飴は安価で購入できる事がウケ始めていて、庶民の味方的な甘味の立ち位置でかなり売り上げを伸ばし始めている。


 ミナトミュラー領にはすでに工場を建築し稼働しているので、生産は現在、増産に注ぐ増産だ。


「水飴の時代が来たわね」


 リーンは、執務室でリューが目を通している水飴に関する書類に気づくととても満足そうに言った。


「そうだね。砂糖は高価だから。それに水飴の賞味期限は長いから、そこも強みだよね」


 リューは、闇雲に増産するのではなく市場の様子を見ながら、水飴の生産を勧めていた。


 ランスキーもリューの考えを察したのかそれに従っている。


 増え過ぎれば、値崩れを起こすから生産量は気を遣うところではある。


 リューはその辺りを見定めていた。


「品薄状態の馬車の増産も急がないとね」


 リーンは、リューの横に積まれている書類の上のものを手にすると、内容に気づいてそう漏らした。


「そっちはさっき、人員を沢山回す手続きしたから解決しそうかな。問題はモデルチェンジの際に導入したゴムタイヤだけど……、その材料がランドマーク領からしか手に入らないからそっちの問題を解決しないとなぁ」


「まだ、こっちでは育ってないのよね?」


「うん。こっちだと温室を用意しないといけないから建築を急がせているけど、他の建物もあるから追いついていないんだよ」


「うちの建築部門、今やミナトミュラー商会の花形部門のひとつだから忙しいのよね?」


「そう。イバル君に手伝いに行って貰ってるけど、王都で起きているビル建築ラッシュは、ほぼ、うちが請け負ってやっているから、現在の注文をこなすので手一杯かな」


「流石に何でも上手くはいかないのね」


「まあね。──あ、そうだ、マーセナル。自転車のマイナーチェンジモデルに関する報告は来てる?」


 リューの傍で、決済を待っていた執事のマーセナルに聞く。


「それは、こちらに。──あと、リヤカーの一部改造と共に、自転車と組み合わせた試作品も先程表に届いています」


「え?もう試作品出来てるの!?職人さん達の仕事が早い!どれどれ──」


 リューは報告書に添付されている設計図を確認しだした。


「僕が簡単に言った注文通りどころか、職人さんが良いアレンジしてくれてるね。さすが、マイスタの街の職人だ」


 リューは感心すると今度は、表に届いている試作品を確認しに行くことにした。


 リーンと、静かに護衛として待機していたスード・バトラーもその後に続く。


「おお!これはいいね」


 リュー達の前に現れたのは自転車とリヤカーが合体したものであった。


「ちゃんと取り外しも出来るみたいだし。形も引っ張るのに適した大きさにリヤカーは少し小型化されているね」


 護衛のスードは、先程までは仕事に無関心であったが、この自転車&リヤカーには興味を持ったのか何度もチラ見して確認する。


「ははは。スード君。傍で確認していいよ。良かったら試乗もしてみて。荷物を載せての乗り心地も確認しておきたいし」


 リューは、そう言うと、リヤカーの荷台にリーンと二人乗り込んだ。


「じゃあ、スード君。スタートだ!」


 荷台から煽るリュー。


「……では、お言葉に甘えて運転してみます」


 スードは、そう答えるとリューとリーンを乗せて、自転車に跨るとペダルを踏みこむ。


 脚力に自信があるスードは、立ち漕ぎで勢いをつけてスタートすると、あっという間にスピードに乗る。


 そして、すぐにマイスタの街の大通りまで飛ばし始めるのだが、住民達は初めて見る乗り物に興味津々でリュー達を凝視する。


「ありゃ、街長様じゃないか?──また、新商品ですか!?」


 住民はリューの姿に気づいて声を掛けてくる。


「まだ試作段階です!」


 とリューが答える頃にはその住民の姿は小さくなっていく。


 そのくらいスードが飛ばしているのだ。


「スピードも出るし、意外に乗り心地も悪くないね」


「この乗り心地、サスペンションを付けているんじゃない?」


 リーンが狭いリヤカーのリューの後ろで答える。


「確かに。──職人さん達、ここぞとばかりに技術を沢山つぎ込んでるね……。商品化の時は定価が上がらない様に微調整しないといけないかもだけど、これはいいか」


 リューは、出来に満足する。


 気づくとマイスタの街を大通りを一周して屋敷に戻って来ていた。


「スード君の乗り心地はどうだった?」


「乗り始めは重いですが、一旦スピードに乗ると苦になりませんね。人力で引くものと違い、自転車だと楽に感じます」


「うんうん。後ろの僕らも乗り心地が思いの外よかったから、荷物も衝撃は吸収されていいのかも……。後は職人さん達と詰めた話をしてお父さんに商品化の相談かな」


「あと、主を乗せていて思ったのですが、馬車とまでは言いませんが、お二人を快適に乗せる椅子を取り付けたリヤカーにはなりませんか?」


「……なるほど。三輪車もいいね!」


「「三輪車?」」


 リーンとスードは、新たなネーミングに首を捻る。


「三輪車は文字通り、自転車の車輪を三つにした乗り物だよ。それなら後ろに人を運ぶ専用の乗り物になる!」


 リューは、スードの提案から、人を運ぶ事を思いつくのであった。

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