第186話 続・執事面接ですが何か?

 執事採用面接は、短い休憩を途中挟む事になった。


 その間に使用人が汚れた床を掃除している。


 休憩の間、リーンがベランダから「わー!」と、叫んでストレスを発散させたので残りの面接者達が何事かとざわつくのであったが、リューは短い休憩が終わると何事も無かったかのように使用人に次の面接者を呼び入れて貰った。


「面接番号二十六番。アーサ・ヒッター、見ての通り地元で仕立屋をやっている者さ。読み書き計算は出来るよ」


 後半の面接、最初の人は女性の様だ。


 というのも、見た目は黒い長髪を後ろで束ね、黒い瞳に浅黒い肌の美形で、白いシャツに茶色いズボン、茶色い蝶ネクタイ、そしてサスペンダーという仕立屋らしくきっちりとした服装だが、それらは男性ものなので男装の麗人といった印象だ。


 だが、リューはその容姿よりその黒い瞳の奥に注目していた。


「アーサさん、執事になったら仕立屋はどうするんですか?」


 リューはアーサの瞳をじっと見て質問する。


「お店は畳むかもしれないね。元々赤字続きだったし。仕立屋は祖父の代から続いたこの街の老舗だったけど、他のお店にお客さん盗られてどうしようもなかったし、副業も親子三代続けてたのだけど、ボクがすぐ辞めちゃったからね。食べていくには稼がないと、でしょ?」


「なるほど。ちなみに副業とは何をしていたんですか?」


 リューはアーサの瞳から目を逸らす事なく、見つめたまま掘り下げて聞いた。


「それは答えられないよ。もう、何年も前に辞めた事だし……。でも、ここで雇ってくれるなら、また、副業は始めていいかもしれないね」


 リューはこのアーサという男装の麗人が只者ではないと、その目を見て判断していた。


 あまりに自然体で、つい警戒を解いてしまいそうな雰囲気を持った女性だが、この人は前世の極道時代に何度も会った事がある職業の人間だと頭のどこかで確信があった。


「……そうですか。今日の目的は、僕の品定め?それとも……、いや、止めておきましょう。それでは、帰りに使用人に名前と住所をお知らせ下さい。後日、合否を連絡しますので」


「もう、終わりかい?ボクの良いところのアピールは出来てないのだけど?」


「アーサさん。執事で雇うかは、まだ、わかりませんが、あなたの事は確実に採用しますのでご安心下さい」


 リューはそう確約するとアーサを退室させた。


「どうしたのリュー?合否は全員面接した後って言ってたじゃない。私の意見はどうなるのよ」


 リーンが愚痴をこぼした。


「ごめんごめん。彼女はうちで採用しないと他所にいかれたら厄介だと思ったから」


「厄介?」


「うん。彼女があと半歩、意識して僕との距離を縮めたら、危険だったよ」


「え?」


「彼女の副業は多分、殺し屋だよ。すっかりあの雰囲気を持つ人に関して忘れてたけど、無意識のうちに警戒して目を離す事ができなかったよ。話してる内に思い出したよ」


「え?殺し屋?そんな雰囲気、全然感じなかったけど?」


「ごく稀に一流どころで居るんだ。殺気を持たずに近づいて平然と殺せるタイプの危険な人。普通は、どうしても殺害対象を見ると殺気が出るから、気づかれない様に距離を取って殺すか、気づかれる前に一気に距離を詰めて殺すのが定石なのだけど、あのタイプは殺気を感じさせずに普通に近づいて殺せちゃうからね」


「じゃあ、彼女、リューを狙ってきたのかしら?」


「どうだろうね?あっちも距離を縮める事無く帰って行ったから。──それにしてもこの街にあんなヤバい人がいたとは……。後でマルコに聞いてみるよ。──次の人を呼んでくれるかい?」


 リューは、マイスタの街の底知れぬ奥深さに冷や汗をかきながらも、面接を続ける事にするのであった。




「面接番号、三十八番。マーセナル。元傭兵で西部の辺境貴族の下で執事経験があります。読み書き、計算もできます」


 ついに最後の面接者になった。


 途中、元冒険者や、執事経験者の印象が良く、候補になりそうだったが、最後の最後でリュー好みの落ち着きを見せる銀髪の中年男性が現れた。


「マーセナルさんなぜ、傭兵を辞めたのか、そして、執事経験について教えて下さい」


「戦場で膝に矢を受けたので傭兵業は引退しました。その後、執事として西方の辺境に位置する地方貴族に仕えていましたが、他の貴族との抗争で主家がお家断絶になり、失業したのでその後処理をした後、故郷であるこちらに流れてきました」


 確かに、微かだが右足の動きに、不自然さを感じていた。


 なるほど、そういう事かとリューは納得する。


 そして、その渋い顔に陰を感じるのは主家のお家断絶を見届けてまだ、後を引いているのだろう。


 あとは能力だが……。


「その地方貴族の下ではどんな仕事が多かったですか?」


「文字通り執事としての職務全般です。他には領兵達の訓練、時には主のご子息の教育もしておりました……、すみません、生きていれば丁度騎士爵殿と同じくらいの年齢だったので……」


 マーセナルは今は亡き、主とその子息を思い出し目頭が熱くなったのか数秒目元を手の平で覆った。


「……ちなみにお家断絶の理由は?」


「……寄り親への謀反の疑いです。……完全に濡れ衣でした。今思えば、こちらの領地が富んでいく事への嫉妬から嵌められたのだと、確信しています。復讐の道も考えましたが処刑前の主に止められて断念しました。そして最近ようやく新たな人生を歩もうと思い立ち故郷であるここに戻って来たところ、この募集を見て応募した次第です」


 どうやら、壮絶な人生を歩んできた様だ。


 能力もありそうだし候補に入れて、後で経歴を調べたら最終判断しよう。


 リューはそう考えると、執事採用面接を終了するのであった。

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