第168話 家名が知られますが何か?

 生徒会選挙期間に入って三日目の昼休み。


 普通クラスの男子生徒代表が王女クラス教室にやってきて、深刻な顔つきで、ある名前を指名した。


「ランドマーク君に、お話があります!」


 ちなみに、リューはすでに爵位を持つ当主としてミナトミュラーに家名を変更していたのだが、普通クラスはおろか、王女クラス内でも名前が変わった事を知っているのは隅っこグループの仲間と、王女、担任くらいであり、誰も家名で呼んでくれない為、知られる事がなかった。


 その為、せっかく一年生の間で有名になっていたリューは、まだ、旧家名であるランドマークの三男の扱いであった。


「あ、普通クラスのオリジール君だよね。この際だから言っておくけど僕の家名は、もうランドマークではなく、ミナトミ──」


 教室の出入り口に近づきながらリューは自分の新たな家名をアピールしようとした。


「自己紹介は良いよランドマーク君の事は有名で知ってるから! それよりも大変なんだ!直接、王女殿下に声をかけるわけにはいかないから君に報告して間接的に王女殿下に伝えて欲しいのだけど……、普通クラスの生徒達にマキダール君の特別クラスから、ギレール・アタマン先輩に投票する様に圧力がかかっているんだよ!」


 普通クラスの生徒、オリジールはリューの話を遮ると用件を伝えた。


 ……それって、特別クラスで一番話しかけやすい僕に、王女殿下への伝言をしに来ただけだよね?これでも僕、前例がほとんどない十二歳の爵位持ちだよ? 意外と凄いと思うんだけど……。


 リューは心の中で愚痴をこぼして泣きながら、応対する。


「……それ、具体的にはどういう事かな?」


「僕のところだと、親の商会の取引相手に手を引かせるぞ、とか。隣のクラスだと社交界デビューできなくすると脅された下級貴族の子女もいるよ。そして、言うんだ。『そうなりたくなかったらクラスの他の連中にもアタマン先輩に投票するように言っとけ』って。それに、まるで王女殿下が普通クラスのみんなに圧力をかけてる様な言い種だったよ」


 オリジールは、心配そうに王女殿下の方をチラチラ見ながらリューに報告する。


「……なるほど。マキダール君はギレール・アタマン先輩支持に回ったって事だね。──大丈夫。マキダール君の脅しはただのハッタリだよ。彼にそんな力があるなら当の昔に偉くなってるよ。もし、次も来たら……。──王女殿下、どうしましょうか?」


 リューは教室の中央の王女殿下に直接声をかけた。

 オリジールと、リューの会話は、すでに教室内の生徒達には筒抜けであった。

 オリジールの声が大きいからであったが、みんなに聞こえている以上、二度手間を避けてリューは勇気を出して、直接王女殿下に声をかける事にしたのだった。


「……その時は私が直接話を伺うと言っていたとマキダール君に伝えてもらって構わないですよ。リュー・ランドマーク君。いえ、あなた自身が騎士爵を得て家名が変わっていましたね。リュー・ミナトミュラー君、お手を煩わせました」


 王女殿下は席から立ちあがると教室のみんなに伝わる様にそう告げた。


「……え?ランドマーク君、騎士爵を貰って家名変わったの!?」


「──という事は十二歳でもう当主なのか!?」


「……じゃあ、この教室では王女殿下の次に偉いって事じゃない?」


「確かに……。俺達は、親が偉い貴族とはいえ、まだ爵位なんて貰ってないからな……。たかが騎士爵でも、今の地位はこの教室で二番目だ……」


 教室がざわめく中、普通クラス代表で来たオリジール(伯爵家の七男)は、自分に失礼があった事に気づくと、


「す、すみません! まさか騎士爵の爵位をすでにお持ちとは知らず、失礼しました!」


 と、リューから距離を取ると頭を下げた。


「……あはは、いいよ別に。みんな知らなかった事だし、この学園ではそういうの無しでしょ?」


 またも、王女殿下に助けられた形のリューであった。


 王女殿下には、イバル君との事でもどうやら動いて貰ったみたいだし、テストのダンスでも助けられたから、今回の事も含めて何かお礼をしないといけないな……。


 リューがそう考えていると、オリジールは再度リューに謝り、慌てて教室を出て行くのであった。


「リュー・ランドマーク君、じゃない、ミナトミライ? ではなくミナトミュラー君? か。ただ者ではないと思っていたがその歳で一家を立てるとは思ってた通り、凄い人物だよ」


「ホントそうね。私が知ってる者でも十二歳で爵位持ちはいないわよ」


 王女クラスの貴族の子息子女達は、学年一位の成績とはいえ、クラスのピラミッド的なヒエラルキーでは一番下と思われていたリューが実はすでに爵位持ちの立場である事がわかると手のひら返しするのであった。


 とは言え、彼らもいずれ大貴族である。

 王女殿下の手前、現在の立場を弁えてリューを立てているだけではあったが……。


 どちらにせよ、この日を境にリュー・ランドマークから、リュー・ミナトミュラーの名前も一年生の間で浸透していくのであった。

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