第160話 貸出しですが何か?

 王都の裏社会で抗争が静かに行われている頃。


 最近、新聞配達の少年や、ちょっとした食料品の配達をする若者などが奇妙な乗り物に乗って道を疾走する姿を王都内で見かける様になっていた。


 王都の民達はその奇妙な、両足で支えないとすぐにも倒れてしまいそうな二輪の乗り物を文字通り奇異な目で見ていた。


 若者達は必死に地面を蹴ってスピードを出すと勢いに乗ってバランスを取り、道を滑走して行く。


 見ている者にとってはよくあれで倒れないものだ、と思うのだが、見慣れてくるととても便利なものに見えて来た。


 後ろには荷台が付いていて、配達の若者達はそこに商品を積んで軽やかに走って行く。

 徒歩で重そうに運んでいた時とはまるで違う。


 毎日、ミルクを買っている商人が、乗っている子供に興味本位で聞いてみると、最初は転んだがコツを掴むと歩くより便利だという。


 確かに見ている限り、勢いに乗れば歩くより断然早いし楽そうだ。


 どこで買ったのかと聞くと、無料で借りているのだという。


「無料で!?色んなところで最近乗っている若者を見かけるが、もしかしてみんな無料で借りているのかい?」


「うん、無料貸し出し期間中だからね。期間中は無料で借りられるよ。貸してくれた人が言うには、乗って見て今後も使用したかったら安く貸し出しも検討するよって言ってた」


「無料でこんな珍しい物を……。返却せず盗む者もいるんじゃないか?」


「貸し出す時に職場や自分の名前、住所を聞かれるんだ。盗んだりしたら今働いてる仕事を失う事になるから、そんな事しないよ!」


「……なるほど。ちゃんと働いてる者にしか貸していないのか。──ところで、君。この乗り物は何と言うもので、どこで借りたんだい?」


 商人は子供から情報を引き出すのに必死だ。

 子供も流石にそれがわかったのだろう、人差し指と親指で輪っかを作ってみせた。


「しっかりしてる子だ。わかった、ほらよ」


 商人は銅貨を数枚子供に渡した。


「毎度あり!……この商品名は『二輪車』だよ。最初『キックバイク』?って、言ってたのだけど、よくわからないってみんな言ってたら『二輪車』に変更するって。あと、これを扱っているところは、王都内に数か所あって商会名はランドマークだよ。『二輪車貸出店』って大きな看板が出てるからすぐわかると思うよ」


 子供は銅貨を受け取って満面の笑顔で答えると、次の配達があるからと、その子供が言う『二輪車』に乗ってあっという間に走り去っていくのであった。


「……また、ランドマークか。あそこは地方の新興貴族だと聞くが、上手い商売しやがる、うちもあやかりたいもんだ」


 商人の男は、走り去った二輪車の子供の後ろ姿を見送ると、朝の棚卸しの為に店内に引っ込むのであった。




 場所は、ランドマーク組事務所──


「──という事で、坊ちゃんの作戦で『二輪車』の知名度は上がりつつあります。それと、その『二輪車』を借りた者から盗むという事案が数件ありました、ですが『二輪車』自体が珍しいのですぐに犯人を見つけ出し、きっちり焼きを入れおきました」


『二輪車貸出店』の管理業務を任せている領兵隊長スーゴの部下の男がカタギとは思えない強面の男であったが、見た目通りの怖い報告をリューにした。


「ありがとうギン。盗人にかける情はないからね。誰の物に手を出したのかキッチリわからせる事が出来ればそれでいいよ」


 リューはギンの報告に頷く。


 すると一緒に報告会に参加しているレンドが肝心な事を聞いた。


「それにしてもリュー坊ちゃん。無料貸し出し期間が過ぎて有料になったら、ちょっと心配なんですが。借りる奴がいなくなる恐れがありませんか?」


 レンドは、王都内に先行投資で数軒作った『二輪車貸出店』の投資分が回収できるか心配したのだった。


「レンド、人は一度便利な生活を知ると、それを手放すのは難しくなるものだよ。貸出料は安く設定しているからこれからもその便利さから借りる人は必ずいるさ。それに『二輪車貸出店』は、『二輪車』の知名度が上がるまでの繋ぎだからね。本命はあくまでも『二輪車』の販売業務だから、『二輪車貸出店』はそのまま販売店と兼務していく事になると思うよ」


 リューは先を見通した考えをお披露目した。


 本当は、当初、販売一本のつもりだったリューであったが、現在、開発中の『自転車』の心臓部分であるチェーン問題が解決したらそちらにシフトしていくつもりでいたので、販売する事に心が痛んだのだ。


 将来、自転車が出るとわかっているのに半端な『二輪車』を売っていいものかと。


 なので、最初、売り出す時に試乗会をして販売するつもりであった『二輪車』を、まずは、無料で貸し出して認知度を上げ、その後有料で貸し出し、それでも欲しい人には販売するという方法に切り替えたのであった。


 本番は、チェーンが商品化に耐えうる品質になった後の『自転車』で勝負だ。


 その為にも現在、街長を任されているマイスタの街に製造拠点を準備し、運営できる体制を作らないといけない。


 そう考えるとまだまだ、道のりは遠そうだと思うリューであった。

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