第3幕 観光ガイド

「いやいや、ちょっと待ってよ……冗談でしょ?」

「この期に及んで冗談? ふざけるのも大概にした方がいいですよ?」


 バリバリと雷鳴を鳴り響かせながら、アナトリアは千草に歩み寄っていく。身体に残った鉄の鎖の欠片を軽く払い、不敵に笑う。


「よくもこのような乙女を縛り付けてくれましたね……やり返される覚悟はおありですか?」

「うーん、正直、不殺ルート貫くには、これが最適解だと思ったんだけどなぁ。君がここまで強いだなんて、ね……正直、想定外」

「うふふ、あまり私を舐めないでください!」


 未だ電撃を纏う彼女を眺め、千草は必死に頭を回転させる。上の空の会話で時間を稼ぎ、そこまで優れているわけではない頭を振り絞って。


(これ、実はかなりマズい状況だよね……? 向こうは雷属性。対してこっちが召喚する鎖は基本的に金属。鉄とか鋼とかステンレスとかね。どれにしろ、電圧でぶっ壊せばどうにでもなるよね……?)


 プラスチック製の鎖もあるにはあるが、それも電撃の熱で千切れてしまうだろう。そこまで考えが至り、千草はふっと目を細めた。


(あっ――詰んだ)


 改めて縛ったとしても、電撃の前に意味はないだろう。

 バリケードを張ったとしても、それを千切られたら一巻の終わりだ。

 鎖の反動を利用して速度重視の戦いをするにしても、その鎖を壊されては意味がない。


(いやいや……黒星つけて帰るわけにもいかないし。どうしよ……)


 必死に周囲に視線を投げ、その金色の瞳が捉えたのは――スタジアムの天井。そして聞かされたルールによると、ボールがゴールポストをくぐれば得点、というルールだったはずだ。そしてゴールポストを動かすことは、禁止されていなかったはず。この件は雫の戦いでも証明されている。


(なら――ッ!)

「鎖よ、天にッ!」


 余裕がない。適当な詠唱で鎖を二本召喚し、ゴールポストの上部に引っ掛ける。もう片側は複雑に組まれた天井に引っ掛ける。それを確認し、彼は勢いよく片手を振り上げた。じゃらじゃらと派手な金属音を上げ、鎖が縮んでゆく。疲れたように息を吐き、彼は蛇のような瞳でアナトリアを見やる。


「……これで、どう……?」

「……」


 天井に縛り付けられたゴールポストを見上げ、アナトリアは足早に歩きだした。いつの間にか中央に配置されていたボール代理――ギャル風の若い女性だった――を横抱きにする。そのまま軽く地を蹴り――跳んだ。


「……ッ!?」


 ――ハルカ・アナトリア。彼女は人間ではない。

 その正体は、全身義体のサイボーグ。放電・雷撃、残像の生成、高速移動、EMPバースト、物理バリアなどのスキルを保持している彼女は、その高速移動能力を応用して、跳躍した。そのままボール女性をハンドボールのように放り投げ、ゴールネットを揺らしてみせた。同時にボール女性の背後に異空間への門が開き、彼女は別の場所へと消えていく。


「……いかがですか?」

「うっそでしょ……?」


 軽い音を立てて人工芝に着地するアナトリア。彼女の赤い瞳に見据えられ、千草は困り果てたように頬をひくつかせる。ただでさえ相性の悪い雷属性、それに加えて高速移動能力。いつの間にかきつく握りしめられていた片手から、力が抜ける。


 ――今度こそ、正真正銘、終わりだ。

 前半10分。結論が出るのは、早かった。


「……どうかしましたか?」


 不思議そうな、しかし隙の無い瞳でアナトリアは問う。対し、千草はゆっくりと両腕を広げ、白旗を上げるように口を開いた。


「……僕の負けだ。僕の力じゃ、どう足掻いても君には勝てない」

「はい……?」

「かといって、不殺チャレンジを諦めるのも、なんかなぁ……あっ、そうだ」


 千草の金色の瞳が捉えたのは、アナトリアの纏う服装。半袖のブラウスにピンクのベスト、同じくピンクのミニスカート。観光ガイドの服装。そこから脳裏をよぎるのは、試合が始まる前のアナトリアの言葉。もしかすると不殺チャレンジもワンチャン成功するかもしれない。一か八か、彼は口を開く。


「君、確か観光ガイドやってるって言ってたよね?」

「……え、ええ」

「この戦いはアレだよ。ボール被ってるのはお客さん。そのお客さんを、あのゲートの向こうに案内するのが今回の依頼。どう?」

「……成程!」


 ポンと両手を叩き、アナトリアは赤い瞳をキラキラと輝かせる。普通に騙されやすかった。しかし、と千草は唇を笑みの形に歪める。彼女はどう見ても、客を殺すような外道ではないだろう。



 ……その後の試合模様は、特に面白い事も無いので割愛しよう。

 アナトリアはあっさりとハットトリックを決め、それどころか二桁をゆうに超える点数を叩きだして勝利した。


 特記事項としては……アナトリアは面白おかしく話しながら次々とボールたちをゴールポストへと案内してゆき、千草はその様をスマートフォンで記録していた、と記しておく。

 ついでに、彼女を眺める千草の目はちょっとどうかしていた、とも……。


【結果】

【勝利条件達成により、雷神のアナトリアの勝利とする】

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