第4幕 ラッシュ

 第2ラウンド開始のゴングが鳴り響く。先程のカークとは別のカークがリングに上がる。それはつまり、相手は一切のダメージがリセットされ、さらに自分の動きをある程度把握しているということで。いくら『施療』によるスタミナがあるとはいえ、非常に厄介な相手だ。


(……だが、負けるわけにはいかねェ)


 苛立って拳を握りしめる霧矢とは別に、冷静な部分が分離して現状を俯瞰する。相手……カーク・ガンカッターといったか。彼が得意とするのは、瞬発力を生かした高速戦闘。一方、スタミナという面ではこちらが勝っている。とはいえ、3分という限られた時間でどこまでいけるか。


「――ッ!」


 風を切る音。考えている時間などない。心なしか先程より強化されたスピードで放たれる右ストレート。反射的に腕を組んでガードするけれど、間に合わない。鋭い一撃が胸部を打ち据え、続けて放たれる左ストレート。今度はなんとかガードが間に合ったものの、容赦ない拳の嵐は止まない。片足を引いて耐えるけれど、そのダメージは決して少なくはなく。


「この……ッ!」

(動きを学習……いや、分析してやがる! おまけにさっきより出力が上がってやがる……さっきのラウンドは様子見か? それともドーピングを追加したのか? どっちにしろ……しゃらくせぇなァ!)


 圧倒的なラッシュに、今度は霧矢の方が防戦一方で。あまりのスピードで繰り出される拳からは、攻撃に転じる隙を見て取ることができない。それでも無理やり腕を振り払い、苛立ち紛れの一撃。しかしあっさりとガードされ、カウンターの一撃を腹部に浴びせられる。


「ぐ、ぇっ……!」


 思わず腹の中身を戻しそうになって、ギリギリで耐える。さり気なく前腕で腹部に触れると、そこから白い光が彼の全身を駆け巡った。豆電球程度の弱い光だが、血管をなぞるように走ってゆくと同時に、受けたダメージ端からが消滅する。打撃により受けた傷も、吐き気も、疲労も、何もかも。と、サングラスの向こうの瞳がかすかに見開かれた。この試合、霧矢が天賦ギフトを使うのはこれが初めて。


「「「「「――それは」」」」」

(ハッ、外れギフトもたまには役に立つんだなァ)


 ほくそ笑み、光が戻った赤い瞳でカークを見上げる霧矢。挑発するように片手を動かすと、サングラスの奥の瞳がかすかに揺らいだ気がした。平静を装って放たれる右フックをサイドステップで回避し、続くラッシュを時に避け、時に受け止め、時に反撃しながらも、すっかり身軽になった身体で動き回る。

 回復能力を持つキャラと出会った場合、攻略法は三つ。回復されるより先に速攻で倒すか、回復が間に合わないほどの威力で倒すか、回復能力を封じるか、だ。三番目はまず無理だろう。身体に触れることがトリガーだとばれているとは限らないし、そもそも触れさせないように拘束するのはルール違反だ。カークは霧矢より体格がいいとはいえ、その最大の武器はスピード。速攻で倒すのが最も効率が良いだろう。だが、霧矢にはまだ余裕がある。


 今は思う存分、やらせておけばいい。こちらは基本的にデメリットなしで、いくらでも回復できるのだ。耐久戦なら圧倒的に分がある。そしてボクシングの試合において、無気力試合は御法度。それに勝つためなら有効打は稼がなければならない。霧矢は適度に反撃さえしていれば、それでいい。カークの足りないスタミナなら、いずれ限界は来るだろう。


 ――そして、その時は訪れる。


 カークの左フック。確実に先程までより軽くなった一撃を軽く受け止め、弾く。重なるラッシュによる疲労が溜まってきたのか、あるいはドーピングの副作用が効いてきているのか。そんなことはどうでもいいが、カークの息遣いや首元の汗からは、確かな疲労が見て取れる。

 口元を三日月形に歪め、霧矢はカークの懐へと踏み込んだ。だが、そう簡単に同じ轍を踏むカークではない。即座に防御態勢を敷き、霧矢の拳が狙う先を予測して、拳で相殺する。せめぎ合う霧矢とカークの拳、だが、霧矢の真の狙いはそれではない。


「らぁッ!!」


 もう片方の拳を、カークの腹部に叩き込む。ギリギリでガードが間に合ってしまったが、このまま撃ち抜くことは容易い。せめぎ合う拳を引き抜き、一撃二撃惨劇、それほどの勢いでラッシュを叩きこむ。

 第2ラウンド、残り時間は20秒。ここでどれほどの攻撃を叩きこめるかが勝負だ。KOできれば話は早いが、それができなければ有効打数による判定になる。もともと一撃必殺タイプの殺人鬼だった霧矢にとっては、実はラッシュ攻撃は不得手だったりするが、関係ない。今すべきことはただ一つ、目の前の相手を全力でボコすだけ。

 残り15秒。カークの方にもダメージが蓄積されてきたようだ。ガードをする手が甘い。姿勢が徐々に崩れ始める。サングラス越しの瞳に焦りの色がよぎる。それでも攻撃の三分の一程度はいなすことができているあたり、最後の矜持、だろうか。

 残り10秒。霧矢はさらに拳を叩きこむ。赤く輝く三白眼には勝利しか映っていない。カーク・ガンカッターを、彼の上司を下した人間を、この手で負かすことができる。だからどうというわけではないが、あの余裕ぶった表情を崩せるのは中々に楽しみだ。怒涛のラッシュは止まらない。先程まで受けていた打撃をすべてお返しせんとばかりに。

 ――そして、残り5秒。


(ここで決める――ッ!)


 もう一歩踏み込み、狙うはカークの鳩尾みぞおち。反動をつけるように拳を引き、拳に全身の力を集中させて――ロケットを放つかのような勢いで、鋭い左ストレートを放った。追撃とばかりに右アッパーをお見舞いし、後方へとよろけるカークを眺める。

 一歩、二歩。後方によろけ、カークは仰向けに倒れた。デジャヴ、だろうか。審判が近づいてカウントを始めるが、おそらく彼は起き上がることはないだろう。


(なァなァ、今どんな気持ちだよ……舐めプした挙句に舐めプし返されて、自分の知識の及ばぬ能力に集中を乱されてよォ……!)


 そう問いかけようとして、言葉を飲み込む。ただ、溢れ出すほどの笑いの衝動は、勝手に三日月形に吊り上がる口元は、抑えられる気がしなくて。


「……くっ、ふっ、ははっ……あっははははぁ!!」

『WINNER――夜久霧矢――!!』


 木霊するアナウンス。会場を満たす歓声。今まで全く気にならなかったそれらが、カラスの鳴き声のように耳に届く。審判に片手を掲げられながら、彼は溢れ出す哄笑を抑えきれずにいた。抑える必要性すら、感じなかった。


【結果】

【勝利条件達成により、夜久霧矢の勝利とする】

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