第90話 彼も呼んじゃうけど♡

 水曜日の夜、次の日のお仕事がお休みの、わたしの父。彼のと待ち合わせまでして、おとなの会合が執り行われていたのだ。

 わたしの父、ひとりだと呑まないのだ。すごく強いのに。だから、たまには必要なことだよね?……って、思ってたんだ。

 あ、彼……とは、現在、リアルの世界で、わたしがおつきあいしている、渡瀬わたらせつかさくん(仮名)である。つきあい始めて4ヶ月くらいである。



「帰りに寄らないか? 来るなら、彼も呼んじゃうけど♡ 彼のご両親もひな(仮名)に会いたがってるし」


 という、半ば強制的な、身内からのお誘いのメッセージ(しかも♡つき)。

 渡瀬家の最寄駅で途中下車する。でも、この時、学校帰りのわたしは、制服のままだ。

 小さな改札の向こうに、彼の姿を見つけた。彼と手を繋いで、会合場所に向かうあいだ(駅下車2分だ)に、待っててくれた訳を聞いた。『制服姿で入店するのは気まずいだろうから、しっかりとエスコートしてこい!』と、お母さまから言いつかったそうだ。お母さまのお気遣いがありがたい。


 そんなわけで、どう見ても高校生の彼と、高校の制服を着た、どう見ても子ども……のふたりが、店の暖簾をくぐる。店内から一斉に視線が飛んでくる。

 彼のお母さまが気づいて、すぐに駆けつけてくれた。そのまま、店の奥の座敷席に連れて行かれる。


 その後が……、たいへんだった。父も彼のお父さまも酔うにつれ、子ども自慢が始まった。それも、自分の子どものことじゃないから困ったものだ。『親バカ』とも言えず……。


「司くんは、しっかりした男の子で……」

「ひな(仮名)ちゃんこそ……」


 父は、彼を高校生男子にして、つきあい始めの親への挨拶ができていたことを、高く評価し。

 彼のお父さまは、自分の息子にはもったいないほどの女の子だと、わたしを褒め。

 そこから、ふたりの父親による掛け合いが続くこと続くこと……。

 わたしと渡瀬くんは、暫し呆然としたまま、話の成り行きを見守ることしかできなかった。


 そんなわたしたちを助けてくれたのが、彼のお母さまなのだ。わたしたちを、それぞれ父たちの隣に座らせ。


「ふたりとも、酔っ払いの相手はしなくていいからね。ひなちゃんは? 夕飯食べた?」


 わたしの返事を待って、次に、自分の息子である渡瀬くんには、『帰ってからご飯作る気ないからね』と言いながら、『なに食べる?』って聞いていた。優しいお母さまだなって思った。

 夕飯としていろいろと食べてる渡瀬くんを、お母さまと一緒に見つめながら、たくさんのお話をした。お母さまは、時々、父たちに茶々を入れながらも、基本的にはわたしに向き合ってくれていた。

 楽しい一夜だった。



 これは、わたしと親友みあちゃんと、そのほか、少ない友だちを巻き込んだ、掛け合い語録。


 捻りもオチもないけど、彼女みあちゃんがいなかったら、今のわたしはいなかったと思うし……。


「司も、ひなちゃんを見習って、父親孝行してやんなよ。たまに……でいいんだからさ。ひなちゃんが、お父さんのこと大好き……って、いつも言ってるでしょ。それが、羨ましくて仕方ないのよ」

「そんなもんかなぁ……?」

「そんなもんなの」


 お母さまの言葉に、わたしも大きく頷いて見せた。

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