第71話 なんかしちゃった?

 高校最後の夏休みが始まった。


 でも、まずは、夏休み前日、水曜日の夜のお話から……。



 終業式が終わり、いつもは一緒に帰る美亜みあちゃん(仮名)に、学校の最寄駅でさよならをする。美亜ちゃんは、別れ際、『明日、早いからな! 早めに帰ってこいよ』と言って、改札の向こうに消えていった。

 改札のこちら側に残ったのは、わたしと渡瀬わたらせくん(仮名)。渡瀬くんのご両親からお話があるから寄ってほしいと言われていたのだ。

 いつもは、ひと駅だけ乗っていくのだが……。この日は、ここまで、彼のお母さまが迎えに来てくれるのだそうだ。その所為せいか、いつもとは違う緊張感を感じてるわたし。

 ふたりして、西口のロータリーに向かう。不安が拭えないわたしは、彼の手を掴んだ。


 渡瀬くんが驚いた様子でわたしを見て、掴んだわたしの手と繋いでくれた。初めてのことに、それまでの不安がちょっとだけ減って、反対に嬉しさが込み上げてくる。


「ねぇ、お母さまの用件ってなに? わたし、なんかしちゃった? うちの息子とは別れてもらいます! とか言われんの?」

「そんなことはないだろ? 俺も聞いてないんだけど……? 父さんもいるって言ってた」

「えぇっ? お父さままで? それ、フラグじゃない? うちの息子にあなたはふさわしくありません! だから、別れろ! みたいな」

「イヤイヤ、俺が、ひな(仮名)のお父さんから言われんのならともかく、ひなが言われることはないだろ?」

「どうして、渡瀬くん、そんなに弱気なんだよ?」

「ひなもな?」


 ふたりで、ロータリーで言い合ってる間に、見慣れた車が入ってきた。降りてきた彼のご両親と、ビクビクしながらも挨拶を交わす。ふたり共に、優しく微笑んでくれている。

 そんなふたりに促されるようにして、わたしたちは後部座席に遠慮気味に乗り込んだ。

 お母さまが、バックミラー越しに話しかけてきた。


「ひなちゃん、なんか、今日、すごい遠慮しぃ……だね?」

「いえ、そんなことは……、わたし、お母さまたちに、なにか失礼なことしちゃいました?」

「なに? ひなちゃんはそんなこと気にしてたの? 失礼なことしちゃいそうなのはうちのでしょうが? 一学期も終わったし、つかさ(渡瀬くんの下の名前ね)のテンションが高くて呆れてるけど、明日はみんなで出かけるんでしょ?」

「はい」

「司が急にこんなにも変わったのは、ひなちゃんのおかげかな? って思って。だから、どうやって躾けたのかを聞きたいな? って思ったのよ」

「いえいえ、躾けるだなんて……。つ、司くんががんばったんです」



 これは、わたしと親友みあちゃんと、そのほか、少ない友だちを巻き込んだ、掛け合い語録。


 捻りもオチもないけど、彼女みあちゃんがいなかったら、今のわたしはいなかったと思うし……。


 隣に座ってる渡瀬くんが、わたしの横顔を見つめて……。


「ひなが、初めて名前で呼んでくれた」


 わたしもがんばってるんだよ。

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