革命前夜のホリゾント

ポン太

序章

 その少女の銅像には、どうにも判然としない様相があった。


 少女はひざまづき、空を仰ぎ、木片のようなものを胸に抱き、そして──


 ──泣いて──いる。


 確かにそれは泣いている。

 あたりを覆う霧雨がその目元を濡れそぼらせているのではない。むろん、オカルトめいたトピックを提示するつもりも理由もない。その両頬には、二すじの落涙がはっきりと象られているのだから──つまり、彫刻者の意図はそこに明白であるのだから。それは『何かに涙する少女の銅像』なのだから。

 けれど。──


 果たしてこれは、何ということであろう。

 この鑑賞感は一体どうしたことであろう。


 なるほど、涙の仕組みは感覚的に自明ではある。人は悲しくて泣く。苦しくて泣く。くやしくて泣く。ああだこうだと感極まって泣く。

 また、それらが複雑に絡み合うことがあったとしても、私たちはそういうあまたの事例を目の当たりにしてきたし、自身も発涙の実行者として相当に場数を踏んできたのだから、その複合の仕組みはこれもまた、経験的に自明である。つまり、どれを採ってみても、当該生理の遠因近因はすべからく皆明白であるはずだ。


 ところが、少女の涙は、それらどの経験、類推、憶測にも該当しない。全く見たことがない。どのようにも言い表せる気がまるでしない。この像を前にした者は皆、同じ感想を覚えるに違いない──と私の逡巡は頼りない空想的統計にすがりつつ、次のように言う。


 人はこのような様相──表情でも様子でも雰囲気でもないのだから、そのように言うしかない──では決して涙しない。私たちはこのようなひとのありようを、今まで一度も見たことがない。そのようになったこともない。つまりこれは、ありえない涙である、と。


 もう何分、何十分、何時間になるだろう。

 深い霧雨と反芻に促されるるがまま、私はその涙の理由に立ち尽くすばかりであった。

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