第20話 空に浮かぶは太陽とそれとあれ
私はカイの腕の中でゆらゆらと虎徹に揺られていた。
ぐっと身を乗り出して後方を確認すると、猫耳をぴこぴこと動かしながら周囲を警戒している砂糖さんと、その動く猫耳を物珍しそうに見つめている伊達の姿があった。
なんか……くやしい……。
「手綱を取りづらいから、前を向いていて」
はい。
にしても、なぜまたこの組み合わせになったのか。
やはりGの大群に出会ったときに、猫耳の誘惑に負けてしまったのがいけなかったのだろうか。思いっきり詠唱の邪魔しちゃったもんな。
くっそう、またロデオに逆戻りだ。……逆戻りだというのに、背中を守るカイの存在に安心感を覚えてしまっているのが、また悔しい。レベル差98の存在は大きい。
ふっと、周囲の色がまた一段、明るくなった。
「ねえ、カイ」
「出口が近いみたいだな」
「……うん」
徐々に明るくなる洞窟内の景色。
土壁には「危険」「引き返せ」「何も見えない」「死を恐れぬものだけ、先へ進め」「駄目だ。行くな、奴は」等と言う落書きのような文字がいたるところに書きなぐられている。
目にした途端「ひいっ」と思わず声を上げてしまい、カイに「作り物だから」と突っ込まれた、いかにも力尽きた冒険者然とした服装のガイコツの手には、『ノートの……』と書かれた紙切れが握られていた。
まるでお化け屋敷の入り口のような脅し文句や小道具を眺めながら、虎徹に揺られ、とうとう出口にやってきた。
洞窟をぐるりと囲む白い線。滲み出る陽光。その先は真っ白な光に包まれて何も見えない。
私はごくりと唾を飲んだ。
「出口だね」
「ああ」
背後でカイが頷く気配がする。
出口が見えたら、もっと嬉しいものだと思っていた。
待望の外の世界。
なのに、胸を閉めるのは不安ばかりで、どんどんと鼓動が早くなる。
私の緊張が伝わったのか、カイがぽんと肩に手を置いた。むき出しの肩に当たる、なめした皮は、カイの体温に暖められて、ほんわりと温かい。
「カイ、行こうか」
砂糖さんが、虎徹を並べた。
「はい」
外の世界を既に見て知っている伊達だけが、やたらのんびりと構えていた。むかつく。
「アイギス」
「アイギス」
砂糖さんとカイがそれぞれにシールドをはる。
いざ、洞窟の外へ!!
虎徹の前足が白い線を越える。
尖った鼻先が、鬣が光にのまれ、私のつま先が線にかかった時だった。
キィィィィィィィィィィィィィン
と、どこかで甲高い音がした。
膝が線を越えると、音が随分と近くなった。
そして、頭が、体が線を越えたとき、耳の側をジェット機が通り抜けたような、強烈な音の洪水に飲み込まれた。
たまらず、手で耳をふさぐ。
けれど、その音は耳鳴りのように、私の内側から鳴り響いて、頭の芯を激しくゆさぶった。
耳が痛い。
体を強張らせて、頭を押さえ込む私を、背後から伸びた腕がぐっと抱きしめた。
カイの腕だ。胸に回された腕を覆う鎧がひんやりと肌を冷やす。
引き寄せられた背中にあたる鎧の硬く冷たい感触。
ああ、カイがいるんだ。
私はこつんと後ろに頭を預けて、体の力を抜いた。大丈夫。大丈夫。そう自分に言い聞かせると、急速に音は引いていった。
ふわりと頬をなぜる風に、私はいつの間にか閉じていた目を開いた。
明るい日差しに目を眇めて見れやれば、広がる一面の草原。
風が吹くたびにさあっと揺れて、次々にその色を変える。
はるか彼方には、天高く聳える山が連なり。頂上から三分の一程を白い雪のようなものが覆っている。
頭上を仰ぎ見れば、高く、澄み切った青い空。コッペパンのような丸くふわふわとした雲がのんびりと流れ、白い光をはなつ大きな太陽と小さな太陽が……。
「カイ」
「なに?」
私の体を支えたまま、カイは静かな口調で尋ねる。
「太陽が二つあるんだけど」
「一つは月だ」
「ああ、そう……」
私はぼんやりとそう答えた。
なんで月が出てるの? なんて考えても仕方が無いったら仕方が無い。
「昼に出るのは、蜥蜴の住む月トファルド。夜に出るのは兎の住む月イーシェ。ROは3時間ごとに二つの月が入れ替わって、6時間で日付が変わったんだけど、今はどうなのかな」
なんだか忙しないな。
「ところで、カイ」
「……なに?」
「あれ、なに?」
手をかざして見つめる白い太陽に、ポツンと現れた黒点を指差して、私は尋ねた。
すごく嫌な予感がするんですけど。
私が指し示した先を認めたカイは、「くそっ」と珍しく悪態をつく。
「佐藤さん! コアトールです!」
「ああ」
アイギスを維持したまま、カイが槍を抜く。
ぐんぐんと大きくなる黒点。
呆然と見入っていると、ぐいっと頭を押された。
「伏せ!」
やっぱりいいいいい。
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