第19話 無窮の王と、馬鹿の王と、無謀の王と、猫耳の王と、
「伊達君は無窮の王に挑戦しにここへ?」
伊達の傷を魔法で癒すと、砂糖さんは尋ねた。
「はい。ノートの泡を手に入れたので、六人でパーティを組んできたんですが、雷の音がして……」
伊達は力なく首を振る。鮮やかな青い髪が、その動きに合わせてゆらゆらと揺れた。
「気がついたら洞窟の中で一人だったというわけか……」
伊達を気遣うように、気の毒そうにかけられた砂糖さんの声に、伊達はまた、首をふった。
「いえ、手前の千古平原にいたんですが、こんなことになって……街に戻って見ようかとも思ったんですけど、どうせだからちょっとだけ洞窟の中を見ていこうかなって」
馬鹿ですか。
「一人で洞窟内にわざわざ足を踏み入れたのか。レベルは?」
「侍の67です」
「無謀だな」
伊達の答えにカイはため息を零した。
「無謀だねえ」
と、長い尻尾で猫耳をかきながら、砂糖さん。
「はは、ローチリアの群れに囲まれると思わなくて……さっきは助かりました」
伊達は面目なさげに頭を下げた。
「いや、お互い様だしね。ところで騎獣は? まさか徒歩で千古平原まできたわけじゃないだろ?」
「それが、蹄駝できたんですが……」
そこまで言いかけて、伊達は言いづらそうにもごもごと口を動かして目を伏せてしまう。
「洞窟の前で降りた……んだね?」
目を開いた後、ふうと砂糖さんは息を吐いた。
「はい」
伊達は目を合わせないまま頷く。
「蹄駝ってなに?」
二人の会話を聞いていた私は、そっとカイの肩をつついた。
何やら新しい単語が目白押しで話しについていけない。
無窮の王、はなんとなく分かった。この久遠の洞窟のボスだろう。
ノースの泡は、久遠の洞窟に入るためのカギのようなアイテムだろうか。
で、問題の蹄駝だが、虎徹のような乗用の獣だろうとは想像がつくのだけど……。
「騎獣の一種で、見た目は、まあ駝鳥だと思えばいい。虎徹と違って臆病な性質なので、ダンジョン内には連れて入れないし、降りると……勝手に街に帰る」
つまり、伊達は、気付いたら、堕天使聖魔キョー君の体で、モンスターが出現するゲームの中で、降りたら街へ帰ってしまうと分かっている大事な騎獣から降りて、難関のダンジョンに一人で突入したと。
「……馬鹿」
思わずぽろりと漏れた本音に、伊達はむっとして顔をあげた。
「お前に言われたくねえし。なんの縛りプレイだよ、それ」
それを言われちゃうと、もう返す言葉がないんだけど……なんてしおらしく黙ってたまるか。
「縛りプレイなわけないでしょ。どっかの無謀馬鹿と一緒にしないでよ。変態、すけべ」
「は!? なんで変態なんだよ。変態はそっちだろ? んな格好で久遠の洞窟にきやがって」
青髪二刀流男と、パンイチシルクハットに蝶ネクタイ。変態度合いとしてはいい勝負だと思うのは私だけだろうか。……まあ、ちょっと勝ってしまっている感は否めないけれど。
「はあ? だから縛りプレイじゃないって言ってんでしょ。私はあんたみたいな無鉄砲のパーじゃないっての」
「だったらなんで、そんな格好で、こんなとこにいるんだよ!」
「知らないわよ!」
こっちが聞きたいっての。
私は真っ直ぐに、伊達の黒い(意外にも目は地味だった)瞳を見つめ返した。
「初プレイだったの。このキャラ作って、ログインしたら、洞窟の中だったの。もし私が、草原スタートで、足があったら、真っ直ぐに街に向かうけどねー。間違ってもダンジョン覗いて帰ろうなんて思わないわ」
反論しようと口を開きかけた伊達は、ちょっとの間、首を捻って黙り込んだ。
「ちょっと待て。つまり、お前のレベルは……」
「1よ!」
何か文句あんの? と上から目線で問いかければ、伊達は眦を吊り上げる。
「レベル1の役立たずに偉そうに説教されたくねーよ!」
「67あっても、頭の足りないヒーロー気取りより、分を弁えてるぶんだけましだっつの」
「てんめえ……」
「なによ」
低い声で凄む伊達を、ふんっと腕を組んで睨み返す。
ばちばちばちっと火花が散りそうなほどに、にらみ合っていると、不意に小さな影が視界の端に入り込んだ。
「もう、その辺でいいかい?」
ピンと立ったふわふわの毛に覆われた猫耳。上に向かって伸ばされた尻尾が、ゆらゆらと揺れている。
特に口調が強いわけでも、不機嫌そうに顔を顰めているわけでもないのに、砂糖さんは怒っているのだと、ひしひしと肌に感じる。今この人に逆らうとやばい。そう、直感が告げていた。
「は……い……」
「もう、いいです……」
私と伊達が返事を返したのはほぼ同時だった。
「そう、じゃあ、そろそろ行こうか。二人ずつ虎徹に分乗しよう」
柔らかい、けれど、どこか冷たい声音で言うと、砂糖さんは踵を返して自分の騎獣へと向かった。
普段温厚な人ほど怒ると怖いものである。
砂糖さんの目が逸れたのを確認してから、最後のひと睨みとばかりに往生際悪く、伊達に目を向けると、向こうも同じ考えだったらしく、ばっちり目があった。
「早くいくよ」
途端にかかる、柔らかくも冷たい声。
砂糖さん、後ろに目でもついてるんですか!?
くわばらくわばら。
ふいっと伊達から目をそらし、はーい、と幼児のように素直に返事をすると、私は砂糖さんの後に続こうとして、背後からがっしりと腕を掴まれる。
何しやがる、この腐れ堕天使伊達が!
これ以上は無いほどに眉間に深く皺を刻んで、がんとばしの準備をばっちりと整えて振り向くと、冷めた小豆色の瞳と目が合った。
「あんたはこっち」
「へ?」
「いいから」
「いや、でも……」
砂糖さんの猫耳がいいです……。とは言えずに口ごもっている間に、私はずるずるとカイの虎徹の前に連れて行かれ、ひらりと飛び乗ったカイに引っ張りあげられ、気がついた時には元の定位置に戻ってしまっていた。
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