第4話 弱くてニューゲーム
「縛りプレイなんかじゃないですよ。始めたばかりだったんです」
「……プレイ開始は街からだっただろう。倉庫にあった皮の服と、ショートソードはどうした?」
ダメージの抜けない憔悴した様子で、それでもカイは冷静に話を進めようと努めていた。実に涙ぐましい。
「いや、キャラクターこしらえて、ログインしようとしたら、雷が落ちてピカッて光って、気付いたらここにいたんですけど」
「まじか……なら、当然レベルは」
「1です」
二人の間に、しんと、沈黙がおりる。
「ここは、二週間前に発売された拡張パッチに入ってたダンジョンだという話はさっきしたよな?」
「覚えてません」
「したんだよ!」
突っ込み終えたカイは、とうとうその場に座り込んでしまった。
「ここは最低でもジョブレベル60はないとやっていけない場所だ」
立てた膝に肘をついて、カイは気だるげに顎を乗せる。
「あんた、ここの敵に遭遇したら即死だよ」
「……ですよね」
一気に降りかかったシビアな問題に、私は一言返すと黙り込んだ。
レベル1で、裸族で、難易度高のダンジョンへって、どんだけムリゲー。
元の体よりは余程頑健そうな体は、きっと街の外の小さなしょぼい敵を倒すだけで精一杯なのだろう。
対して、目の前で黄昏れるカイは、頭部を除く全身を堅そうな鎧に包まれている。
「あの、カイさん?」
「ああ」
呼びかけてはみたものの、なんだかこそばゆい。
「あの、キャラクターの名前で呼び合うのもおかしくありません? 本名は? あ、私、仁木 杏といいます。歳は16で住所は」
「ストップ」
自己紹介を始めた私を、カイは静かな声で止めた。
「あまり詳しく個人情報を喋らない方がいい」
「え? なぜ?」
「あんた、オンラインゲームをやったことは?」
「えーと、モンスター狩人を400時間くらいと、悪魔ゲートは20時間で詰まって、GGは2時間で投げました」
指折り数えながら、今までのゲーム遍歴を思い出す。最近はあまりやっていないので一昔前のゲームばかりだ。
「なら分かるだろ。ゲーム内で発言するとどうなるか」
「え?」
ゲームで発言すると……文字が現れる。そして、その文字は、
「他のプレイヤーから丸見え」
カイは頷いた。
「そうだ。この世界や、他のプレイヤーが今どんな状況にあるのか、俺達には分からない。ゲームに取り込まれたのは俺達二人だけなのか、それとも他にもいるのか。今いるこの世界とゲームの世界はリンクしているのか。今も普通にゲームを続けているプレイヤーがいるのか。そいつらから俺達は認識されているのか。何も分からないんだ。なら、あらゆる事態を考慮して行動すべきだろ」
や、ややこしい。けど、確かに言うとおりだ。それに、今も普通にゲームをプレイしているプレイヤーがいて、私たちの事が認識できているとしたら、
したら……
「私、さっき、めちゃくちゃ言わなくても言いことを喋りまくったじゃな~~~~~~~い」
私は頭を抱えてうずくまった。
動揺して、かなり恥部をさらけ出した気がする。
「その、気にするな。 ゲーム設定だと、同じダンジョン内の一定距離にいるやつにしか届かないはずだから。まだここまで来てる奴は少ないと……思うよ?」
ぽんぽんと肩を叩くカイの手が暖かい。頭を抱え込んでいた腕で、ぱっとカイの手をとると、強く握り締めた。
「本当に? 本当にそう思う? 私思いっきり本名まで……、いやいや今のは本名じゃないです。本名は山田京子ですから。聞いてますか? どっかのプレイヤーさん。本名は山田京子ですから! つか、カイさん、思いっきり疑問形じゃないですかあ!」
もう駄目。立ち直れない。
カイの手を握り締めたまま、私は地面にのめりこみそうな勢いで落ち込んだ。
ぴちょん、ぴちょん、と響く水音がさらに心を沈めてくれる。
「落ち込んでるところを悪いけど、ここから出ようと思うんだけど……」
「異存はないです」
私に握り締められた手を、そっとふりふりして、取り戻そうするカイ。
その手放すまいと、ぐぐっと力を込めて胸元にひっぱりこんだ。
「おいっ、何するんだ」
よろけた、カイの赤い目がすぐ間近に迫った。
「私も連れてってくれますよね? 私、ここの敵にあうと即死ですから!」
必死の形相で迫る私からカイはぷいっと目線をそらした。
「見捨てていけるほど人でなしじゃない」
よっ、男前!
「よろしくお願いします。本当にお願いします! 本当もうマジで! なるべく迷惑かけないように、逃げ回りますから!」
「いいよ。あんたは、出来る限り虎徹の背中に乗っとけよ」
「刀に?……それはちょっと股が」
「あの騎獣の名前だよ! 虎徹!」
カイは青筋を立てて立ち上がると、勢いをつけて、未だに手を握り締めた私を引き起こした。
「ほら、さっさと乗って」
乗って……って言われても。目の前のどでかい虎もどきを見上げて、眉を寄せた。
あの鐙に足を乗せて鞍に跨ればいいんですね。
出来る気がしないんですが……。
立ったまま大人しく待っている虎徹の体につけられた鐙は、私の臍に位置していた。
「カイさん。引っ張りあげるか、お尻を押すか、してもらえますか?」
背後でカイが息を吐く音が聞こえる。
是とも否とも答えず、私の横をすり抜けて、カイは手綱を引き寄せると、鐙に足をかけて地をける。
身軽な身のこなしで獣上の人となったカイは、ぐいっと手を差し出した。
「ほら、手を出して」
精一杯足を上げて鐙にかけ、手を重ねると、ぐっと握りこまれた。
あっと思った次の瞬間には、
「……なんで、そっちの足を鐙にかけた?」
私はカイと向かい合う形で虎徹に跨っていた。
すみません。利き足だったんです……。
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