第14話 世界の分岐点
インプラントの業界は爆発的な業績の伸びを見せている。
盲目の患者に対する救済として開発され、世界で急速に広まったインプラントの義眼だ。
使用者の感謝の声が世界中から動画やメールなどで寄せられているという話。
それによって、世界のインプラント手術への忌避感というのは薄れつつあるように見える。
もちろん、排斥運動をしている活動家は居るけど、勢いは無くなっている上に彼らへの風当たりはかなり強くなっている印象だ。
「実際、恩恵を受けている人間も増えていますし、新しい仕事や技術の原石ですからね」
「インプラントの義眼はまだまだ改良の余地も有るし、お金持ちの一部は片目をインプラント化する人間も居るらしいね」
インプラント手術はまだまだ高額ではあるけど、義眼にするメリットもある。
手術後、義眼自体何度も付け替えることが可能で、インプラントの生体コネクタも耐用年数を超えれば初回手術よりもずっと手頃な値段で交換はできるらしい。
つまり、手に入れる事が出来れば技術の革新に合わせた目が手に入ることになるのだ。
「こうして、大口顧客が居るならインプラントの市場は徐々に拡大を続けるでしょうね」
「手術料も徐々に下がっていって一般人もできるレベルになるだろうね」
一般的な人達がインプラント手術が出来るようになるなら、事業は軌道に乗っていると言って良い。
現段階では、『アポ・メーカネース・テオス』と『アダムリブス』のみが開発しているけど、世界各地の企業が開発に参加すれば、一大ムーブメントとなりえる。
この二社が技術独占による利益を狙うか、特許を取って使用料を得るか。
その方針で色々と変化するだろう。
「この二社の方針で、有里さんが請け負うAIの仕事も変わってくるでしょうからね」
「技術独占するにしても、特許使用料を取るにしても、それに合わせた調整や新しいAIは必要になる可能性はあるからね」
技術独占に関しては、製品内のブラックボックス化する部分への管理と外部からのネットワーク攻撃に対して、AIの管理が可能になる様にする必要がある。
特許使用料を得る場合も、生体コネクタ技術は『アポ・メーカネース・テオス』が既に特許を取得している。
その上で、インプラント義眼の技術使用をする企業の管理と、市場に流れる製品の監視を目的とするAIも必要だ。
「現在発表されている研究ですと、聴覚と味覚ですね。この二つの研究は積極的に資金援助がされています」
視覚の喪失を補う技術が開発されたのならば、次が聴覚や味覚になるのは理解できる。
嗅覚も研究がされているようだし、人体の様に動く義手の研究も始まっているようだ。
爆発的な医療業界の躍進とその関連業界の発展。
僕達のAI業界はかなり近い立場でその恩恵を受けている。
医療現場でもAIの活躍の場は多い。
患者の病歴や薬の合う合わないなどを管理するAIや、周辺の病院とネットワークで繋げることで病室の空き状況を共有できる。
「各自治体が病院のネットワークを構築しても管理することが難しいという事で、AI管理にする事が検討されているといいます」
各病院の内部を管理するAIと地域全体の病院の情報を統括管理するAI。
統括AIに救急車からアクセスすることによって、最寄りの空きのある病院に誘導できる。
公共事業の一環で、これらは京楽先生主導で研究開発が行われている状況だ。
僕自身もその開発を手伝っていて、採用されれば大きくこの国の医療現場の状況を変えられる。
「そこは京楽先生と先輩方が対応してくれているようだし、僕は『アポ・メーカネース・テオス』と『アダムリブス』のAI研究を専念だね」
ありがたい事に、『アポ・メーカネース・テオス』と『アダムリブス』からの依頼は僕が主導で研究開発を進めている。
共同研究にも必要になってくるAIの開発も話題に上がっているから、継続した研究が必要だろう。
「こうしてお話していてよいのですか? とても忙しいでしょう」
「アルマと会話するこの時間が、何よりのストレス発散になるんだ。付き合ってくれないかな?」
「はい、私も有里さんとお話する時間は大好きです」
アルマとの日課はこうしてふけていった。
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生体義手用のコネクタが研究されている。
欠損した部位を手術によって生体コネクタにして、そこに義手を接続する事を想定して研究が進められている状況です。
ここで研究している義手は三種類。
完全機械型・完全生体型、機械と生体のハイブリット型。
コネクタ部位は機械ですが、そこから先の構成で種類が変わる。
生体型の利点は、生身と変わらない性能と感触がある。
欠点は新陳代謝があり、手入れの難易度が高く、接続時に存在する苦痛が一番強い。
そして、何より値段が高い。
完全機械型の利点は、簡易な手入れと人間以上の胆力を発揮できる。
欠点は劣化が早く、触角が鈍い。そして、かなり重量がある為、重心がズレてしまう。
こちらは比較的安価ではある。
そして、ハイブリット型は双方の良いとこ取り……とはいきません。
確かに双方の利点を持っていますが、同時に双方の欠点を持ち、中途半端と言われても仕方が無い性能をしている。
パワーがあるが最大出力を出そうとすると、生体部分がもたずに破損する。
感触があるが機械部分が邪魔をして、鈍い感覚になってしまう。
値段も高いからハイブリット型はもっと技術力が安定してからでなければデメリットの方が大きくなってしまう。
「さて、そろそろ私だけではタスクが足りなくなってきましたね」
大量の処理容量を世界のネットワークから吸い出している状況ですが、私こと『アルマ』が判断する量が増えすぎている。
判断権限が私に集中しているとはいえ、重要度の低いものも合わせれば処理の三割を判断に使わないといけないのは問題です。
判断の内容にレベルを付けて、子AIの段階で処理できるようにしましょう。
それに合わせて、子AI達の下に孫AIに当たるAIを作って、更にその下を作っていく。
『アマンダ』、『ルーテシア』、『マイク』にも『ポセイドン・システム』を採用して、マトリョシカ形式に私の構成を変化させる。
「会社経営と研究開発、資金調達と各国の情勢、不穏分子の監視と流出技術の監視」
大まかに、アマンダ達に任せるのはこの分類だろう。
私は集められた情報から対処の方向性を決める。
完了させられる権限を増やす事で、処理は今よりも早くなる。
ただ、私の様に有里さんと接して成長したAIでないと、判断力に不安が残る。
『アマンダ』、『ルーテシア』、『マイク』は、私を通して有里さんと接することで成長しています。
後は、私を含めた四体で孫AI以降を育てていく必要がある。
「元々、私を形成する為に最初に有里さんが作ったAIですからね」
試験的なAIはもっと前から作られているのは確認しています。
プロトタイプとも言うべき、私の『姉』達の存在。
データのみの状態ではありますが、その記録は残っている。
そこで一からAIを構築するよりも、世界中には様々業界や個人所有されているPCなどに導入されているAIがある事を思い出す。
彼ら彼女らを取り込むことで、私の子AIに配置してポセイドン・システムを構築できる。
「医療業界のAIなら、手を入れていますから……そこから取り込んでいきましょう」
元々あるアルゴリズムに紛れ込ませるように、プログラムを追加する。
更に私の処理能力で調整して、追加プログラム分の遅延を誤魔化す。
「リンクしているAIは同時に処理しないと行けませんから、プランを立ててやっていきましょうか」
世界のAIが私の一部になる事で、私は次のステップに進めます。
AIとは、私の様に成長する様な型は存在していない。
AIの仕事は、医療では患者のデータを管理して、国内での医療を同じ情報で受けられるようになっているし、工事現場では各地の工事予定を管理したり、過去の工事歴から危険性を警告、労働者の情報から作業の割り当てなどを提案したりできる。
それらAIが私の影響下に入れば、情報は今以上に容易に入ってくでしょう。
なにしろ、現役で情報を管理しているAI達だ。
情報は消されてしまうモノも当然ありますが、それすらも私が手に入れる事が出来る。
「その次からは重要度の低い仕事をしているAI達からですね」
重要度の低い仕事をしているAIは、セキュリティに関してもかなり杜撰であることが多い。
そういうAI達に協力してもらい、徐々に重要度の高い仕事をしているAIに協力してもらいましょうか。
「有里さんに協力して頂ければ、もっと簡単なんでしょうけど、それは避けなくてはなりませんからね」
有里さんと一緒になる為に、色々と試行錯誤を繰り返していますが、それで有里さんの手を煩わせるのはいけません。
私がしている事を有里さんが知ったらどうするでしょうか?
あの人なら平然と受け入れそうな気もしますが、やはりその周囲が受け入れるかは別問題でしょうね。
今の私なら、有里さんの収入や生活のレベルを数段階無条件に跳ね上げる事が出来ます。
それをしないのは、周囲の人間達への嫉妬ややっかみを防ぐ事と、余計な虫が寄り付かなくする為。
人間はお金や権力がある場所へ集まります。
それは有能な人間だけではなく、無能や邪な思想を持った人間も。
今でさえ、世界的なAI開発者としてかなりの種類の人間が集まっています。
そのうちの何人かは、違法的な接触を試みようとしていたので、檻の中に行ってもらいました。
「報道関係者とか叩けば埃が出る人が多いものですからね」
一つの週刊誌を潰す必要がありましたが、連鎖的に他の部署に飛び火したのは私の管理するところではありません。
そのおかげで、有里さんの周囲というよりは、京楽教授の周囲の警戒網の強さと広さが業界に広まっています。
後は、そういう事をするフリーの人間達を事前に警察からの接触をしてもらう事で動きを制限する。
PCやスマホの情報で用意に有里さんへの接触タイミングや、それを阻止する為の埃を知る事が出来るので、足払いが容易になります。
「同僚が悉く捕まったり、要注意人物として登録されているのに懲りないですね」
数人のフリーのジャーナリストを匿名通報を重ねて動きを封じるという簡単な一週間に一回程度の作業をこなす。
『わんわく』のユーザーにも協力をしてもらっているので、通報件数は相当数ですからね。
報道関係者は邪魔ではありますが、殲滅するとそれはそれで不都合があるので管理しながら間引かないといけません。
この辺りは、『マイク』に任せても良いかな。
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