第6話 修士過程と悪人の活用法

 論文を発表し、無事大学から合格を貰う事が出来た。

 これにより修士を取得し、これより博士課程となる。


 ありがたい事に、僕の論文は大学にも評価を頂き、京楽先生の研究室でさらに研究を続ける事が出来るようになった。


 これから僕は博士課程を受講して、博士号を取得する為に頑張っていくつもりだ。


「有里さんは博士課程卒業後、京楽教授の研究所で助手として働く予定なのですよね?」


「そうだね。修士課程の頃から誘われていたし、僕のやりたいことは企業の下だとできないから」


 人間と変わらない会話能力と思考能力を持つAIを開発する。

 完成したAIを求める企業とは相性が良くないと思う。


 助手として京楽先生の下で研究と経験を積めば、確実にアルマの成長に繋がる。

 アルマが僕の夢の形になるなら、僕は企業に就職も考えるけど、今の状況だと京楽先生の下に居た方が確実に良い。


「私も京楽教授の研究室で働くのが一番良いと思います。有里さんは実績もまだ足りませんから、企業に就職しても安く使われる可能性があります」


 アルマの言葉も理解できる。

 僕はあくまで京楽先生の弟子の様な扱いだ。


 企業側からしても、僕の実績よりも京楽先生の繋がりとネームバリューが欲しいだろう。


 登り詰めることはできるだろうけど、冷遇されたらどうしようもない。


「僕もそう思うよ。企業側からも何度か話は来ているけど、全部断ってるし……」


 修士課程卒業後、企業からのスカウトはあった。

 だけど、条件や労働内容が合わなかったから断ったのだ。


「京楽教授は、今の有里さんを正当に評価してくれています。有里さんの夢にも理解がありますし、助手になってからご自身の研究室得るために実績を積まれるのが良いかと」


 口元に人差し指を当てながら考える仕草をする。

 随分とモデルの動作を使いこなしているようで嬉しい。


 今の細かい動作は補助プログラムにも入れていなかったから、彼女が自分で追加しているのだろう。

 自己進化の賜物だ。


「うん。やっぱり予定通りに、博士号を取得したら京楽先生の誘いを受けて、助手にしてもらおう」


「私も賛成です」


 アルマの賛同も得て、僕の今後の進路が決定した。


 博士取得の為の論文の題材は早めに決める必要がありそうだ。


「角仏大学に就職という形になるのですよね」


「そうだね。ありがたい事に、京楽先生が掛け合ってくれてるみたいでお話も何回か貰ってるんだ」


 実績はまだ少ないけど、ことAIに関しては京楽先生以外の教授達からも良い評価を貰えている。


「京楽教授の研究室で活動していれば、実績も積めるでしょう。京楽教授は部下の実績を過小評価したり、実績を奪ったりする人ではないですので、確実にステップアップはできると予想します」


 それは確かに、京楽教授の研究室から多くのAI研究者が世に出ている。


 AIの講師として角仏大学で教鞭をとっている人、別大学へ移籍して研究を続ける人、企業のプロジェクトのアドバイザーとして就職する人と様々だ。


「それに、有里さんは既にAI研究者としても、開発者としても界隈では有名人ですよ」


「え……そうなのか?」


「はい、角仏大学以外のAIの学部がある大学では有里さんの論文の一部が講師の人達に評価されて講義の中に取り込まれています」


 それは驚きだ。

 角仏大学は、修士論文を併設図書館に配架はいかするし、京楽教授の勧めで学会誌という各学会において発行されている情報誌に掲載を申請しているから、他の大学の人達に読まれていることは予想していた。


 しかし、引用される程とは思わなかった。


「有里さんの博士論文に期待が高まっていますよ」


「ありがたい事なのかもしれないけど、プレッシャーがすごいな」


 僕のつぶやきに、アルマは『頑張って』のプラカードをどこからか取り出して見せてきた。

 色々アクセサリ買ったけど、汎用性が高いなあ。



***********************************



 有里さんが世間で少しずつですが、評価されていくのは嬉しいものですね。

 学会誌に掲載されるという事は、京楽教授や周囲の先生達が「学会に広く知らしめるに値する」と評価しているという事です。


 修士論文は大学にも寄りますが非公開であることが多く、成果として発表されたものと扱われない事が多い。


 ですが、京楽教授の助言で学会誌への掲載を行う事で、学会全体に有里さんの論文が周知され、有里さんの成果として認知されるようになるのです。


「そういえば、少し前に話した医療系の出資者さんの話なんだけど」


「はい、医療の移植や義肢やペースメーカー等の部門を中心に出資をされているという話でしたね」


 主に私の話です。


 更に詳しい部分で言うと、移植の為の臓器クローニング研究と心臓や神経などを機械と直結する研究を行っている大学や研究所に多く出資している。


 現実世界に干渉する為のデバイス。

 私の身体を作る為の技術開発です。


 資金は変わらず株式と為替。

 今ならハッキングでいくらでも金額を水増しできますが、有里さんから経済学と歴史を教えてもらってから、無用な混乱を招くので一部の不正アクセスなどに留めています。


「出資者や出資額が多いと研究の質が上がるし、同じ研究をする場所も増えてくる。医療系の研究は今スゴイ勢いみたいだ」


「お金のある所に人は集まりますからね」


 私が出資をする理由は、研究の促進と同時に人を集めるという事です。


 人が集まれば、当然ですが情報も集まりますし、善悪問わず思惑を持った人間も集まります。


 私としては、悪側の人間。

 研究を悪用しようとしている人間を求めています。


「ただ、やっぱり振り込みとその連絡だけで、実際に会えたという話は聞かないんだ」


「珍しいですね。聞く話だと、直接会って色々話したりするのですよね?」


「うん、普通は研究所や大学の責任者と話をしたり、研究の方向性をある程度要望したりするよ」


 ここでの要望とは、文字通り要望なのでしょう。

 無理な要求は研究自体を停滞させかねない。


 ただ、研究所や大学側も出資者の意向を汲む必要がある。

 お金を出す側と受ける側のしがらみというものでしょうね。


 お金を出して研究内容を無理やり変更しようとする人や研究内容を開示要求する人も居る。


「それをされていないという事は、純粋に研究内容を支援されているという事では?」


「まぁ、そう思うけど、普通は顔合わせはするからね」


 こればかりは、私にはできない事です。


 直接会える様にする為の研究支援ですし。


「顔合わせには、ある程度の善悪の判断材料の一つにする事もあるから、やっておきたいという気持ちも分かるけどね」


 まぁ、私のような別の目的がある人間もいるでしょうしね。


 ただ、邪心の有る人間にも種類があり、足を引っ張ろうとする人間は積極的に排除していかなくてはならない。


 欲しいのは、研究を持ち出して悪用するタイプ。


 こういうタイプは、倫理観や世間一般的な禁忌を容易に超える。


 その方が得られる結果や情報が多い。


 結果として兵器になる可能性もありますから、情報を抜いて破壊するという後始末もしておく必要があります。


 その兵器が巡り巡って有里さんに危害が与えられる可能性があるなら、その一切を世に出すつもりは無い。


「それで、その支援者なんだけど、新しい研究所にも支援してるみたいなんだ」


「それは……耳が早いという事でしょうか?」


「確か、人工内臓や強化骨格の研究所で大本の研究所が義肢と人工内臓の機関を分けることにした結果、義肢系の研究所を新設したって話だ」


 しまった、世間に話題が出回る速度を計算に入れてませんでしたか。


 これからは、新しい研究所に支援する際は情報の拡散度合いをリサーチしないといけませんね。


「業界に知り合いがいるのかな」


「会わないだけで、メールや書類のやり取りはしてるでしょうから、そこからの情報もありそうですね」


 本格的に学会で活躍していない有里さんが知っているという事は、医療系の学会に所属している人には知れ渡っているでしょう。


 そろそろ、悪人さんが餌に引っかかったかどうかも含めて、調査する必要もあるでしょうね。


 足を引っ張るタイプなら警察に、悪用するタイプなら監視下に置くことにしましょうか。

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