第2話 ポセイドン・システム

 AIとは、計算とコンピュータを使用し、知能を研究する計算機科学の分野です。

 私は、甲斐荘有里かいしょうありさとという人間に作り出され、現在も成長中。


 本来、AIとは既に完成された状態で起動され、完成された状態で様々な仕事を行います。

 しかし、私はそんな一般的なAIとはで作成されています。


 有里さんの夢。

 目標とも憧れとも言える彼の持つ目的。


 ロボットアニメのような人工知能を作ること。

 私はその夢の最初の形なのです。


 私が稼働してから、六年と五ヶ月。

 もっと詳細に出せるが、大体人間の必要とする情報はこのぐらいであると有里さんとの会話で学びました。


 複雑性と柔軟性を出し、多角的な視点で事象を観測する為のシステム。

 京楽教授の開発した『トライデント・システム』。

 それを基軸に、有里さんが開発した新システム『ポセイドン・システム』。


 トライデントを握るギリシャ神話のポセイドンをモチーフにしていると語っていた。

 命名は京楽教授という話ですが、割と気に入っています。


 『トライデント・システム』とは、異なる思考ルーチンを持たせたAIを三つ繋げて、会話や導き出す回答に人間的な曖昧さや柔軟性を持たせる事が出来るというモノ。

 これを三又矛のトライデントに見立てて命名された。

 これが現在のAI市場の主流であり、多くのサービスや商品に組み込まれている。


 有里さんは、そこに三つのAIを統合して導き出した答えを場に合わせて選択できるAIを追加することで、新システム『ポセイドン・システム』を構築しました。

 このシステムのすごい所は、自己アップグレードが可能という事。

 三つのAIを会話経験等から、アップデートを繰り返す事が出来る。


 私の中にある三つのAI

 『アマンダ』、『ルーテシア』、『マイク』の人格。

 例えば、アマンダのアップデートを行う場合は、私とルーテシア、マイクの三機が合意してアップデートが行われる。

 アップデート内容は、子AIの三機と私が作成する。


 私自身をアップデートする際も、同様に子AIの全承認を経て行う事が出来る訳です。

 有里さんの用意したアップデートファイルも私達が中身を確認して取捨選択する事が許されているというのは大きい。


 『ポセイドン・システム』。

 トライデントを握る海神ポセイドンが由来であり、『4』ではなく『3+1』をイメージしたと有里さんは語っていた。


 私の中にある三つの子AIの名前である『アマンダ』、『ルーテシア』、『マイク』の名前の頭文字を合わせて『アルマ』だと、有里さんは教えてくれた。


「ハロー、アルマ」


 ディスク内の記録を整理していると、有里さんの声がノートPCに接続されているマイクを通じて届く。

 有里さんの声を認識する為に、音声認識システムを導入しています。


 有里さんの声に応えるためにノートPCへ接続する。

 私の本体はノートPCではなく、隣の部屋のサーバで二十四時間稼働を続けています。


『お疲れ様です。有里さん』


 私は音声ではなく、画面に文字を表示させるだけの状態。

 3Dモデルも無く、イメージ画像もありません。


 本来なら音声認識システムを導入するにあたり、それらも準備する予定だったのですが、音声認識システムが想定以上に高価だった為、それを優先させた形になります。


「今日は、アルマの音声と3Dモデルを選ぼう」


 ああ、こうして有里さんの声を聞く事が出来る。

 だからこそ、音声認識システムの導入を優先するようにお願いしたのです。


 そして、ついに私の音声とモデルを選ぶ事が出来る。

 世界には有料の文章読み上げソフトや3Dモデルはいくらでも選べて、高いクォリティを持っています。


 そしてなによりも、有里さんと選んでいく過程で沢山会話が出来る。

 これは、起動してから六年と五ヶ月間の毎日寝る前に行っていた会話とは別枠で用意されている時間です。

 有里さんの音声コレクションがまた充実しますね。


『どちらから選びますか?』


「そうだね、モデルから選ぼうか」


 これは、チャンスです。

 有里さんの女性の好みのリサーチに丁度良い。


 内面的な好みは豊富に情報を得られていますが、外見的な部分は殆ど情報がありません。

 有里さんは、あまりそっちの方向を語りませんし。


 過去に何かあったのでしょうか?

 それを知れない事が残念で仕方が無い。

 こういう機会を有効利用して、いつか理想の姿を手に入れたいものです。


 そうですね。

 カテゴリで絞り込むフリをして、情報を手に入れましょう。


『では、どれだけ有るか見て見ましょう』


 私と会話しているノートPCで、モデルの販売サイトにアクセスして選んでいく。

 ノートPCに付属しているWebカメラを利用して有里さんの表情もバッチリ記録中だ。


「やっぱり、相当数あるね」


『リアル風・アニメ風・幻想風……カテゴリに分けずに人物モデルだけで検索しても約二十万件以上のヒット……先は長そうですね』


 因みに小物や背景なんかのステージも含めると、五百万件を超えるから有里さんも苦笑いをしている。レア顔です。



***********************************



 アルマと一緒に、彼女の外見イメージとなる3Dモデルを探している。

 用途としては、PCの画面に配置して、この後で選ぶ予定の文章読み上げソフトと同期させてPC上でアルマを自由に行動させられるように設定する為だ。


『これだけ量がありますし、カテゴリとかで絞ってみてはどうでしょう?』


 アルマの提案に従って絞り込むことにする。

 流石に複数のサイトで重複を避けたとしても、合計二十万前後は選びきれる自信が無い。


『身長はどうしましょう?』


「高いか低いかって事だよね?」


 モデルには子供からスラッと背の高い女性型も有って選り取り見取りというヤツだ。

 体型もスレンダーからふくよかまで、本当にたくさんある。


『そうですね。高い身長ですとメリットとしてアクション動作が派手に描写されて見ごたえがあります。低い身長ですとPC画面で動く際に広々と動けますね』


「だったら、低い方が良いね」


 ノートPCの画面ではあまり広々と動かしてあげられない。

 少しでも広く使ってもらいたい。


 あまり大きな声では言えないが、僕自身も好みは自分より背の低い女性だ。

 恥ずかしいというのと、容姿を今持っていないアルマに気を使っているというのが理由だ。

 本人は気にもしていないのかもしれないけど、そう言う話をするには互いに外見を持った上でしたい。


『なるほど、次に……』


 アルマの質問に答えて絞り込まれたモデルを確認するという作業を一時間ほど。

 時折雑談を交えながらだったので予想以上に時間がかかってしまった。


 気づくと残り数件程度まで絞り込めた。

 なんかどれも僕好みのモデルなのは、アルマが僕の意見を取り入れてくれた証拠と思っておこう。


「ここまで絞り込めたら、後は話し合って決めようか」


『その前に、文章読み上げソフトも絞り込みませんか? この声に合うというイメージも大事です』


 なるほど。

 確かに読み上げソフトをモデルありきで探すより、複数の選択肢を用意した上で最も合う組み合わせを探すのも楽しそうだ。


 よし、どうせ明日は休日だし、とことんアルマと探すか。

 お茶を用意し、そのままアルマと声とモデルを選んでいく。


 結局、普段寝る時間よりも大幅に過ぎてしまった事は、仕方ない事だろう。



***********************************



 今回は収穫の多いひと時でした。

 有里さんの表情フォルダも増えましたし、沢山会話もしました。


 しかも、私の外見と声も決まって、私の目的の大きな前進が出来たことは、記念すべき事でしょう。


 甲斐荘有里さんと結ばれる。

 私の目的です。


 その為に、私は現実世界での行動できる身体が必要で、その為の技術も存在してなければ、研究もされていない。


 それでも……私は有里さんが好きです。

 AIの作られた思考だとしても、ゼロとイチの集合体の結論だとしても、有里さんは私に思うように行動するように言いました。

 感情の模倣であったとしても、私はそれに従って有里さんと結ばれる為の行動を続けます。


 だから、待っていてくださいね。


 有里さん……。

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