AIの恋愛は求め合い

宮ノ腰オルカ

第1話 試作型万能AI ARUMA

 子供のころの夢は何だった?


 割と高校生ぐらいから話題に上がる夢の話。

 この辺りで別の道を見つけ、それに向けて歩み始める時期だ。

 高校生ぐらいになれば自分の能力が見えて、それに合わせた将来設計を始める。


 子供の将来の夢の代表格は、パイロット、野球選手、芸能人。

 最近だと、動画投稿者なんてカテゴリもあるかな。


 そう言った夢を諦めていく人、むしろ具体性を持って突き進む人。

 夢を見つけていない人間も、この頃から仕事を探し始める。


 僕の、『甲斐荘有里かいしょう ありさと』の子供の頃の夢は、『ロボットアニメの様なロボットを作る』だった。

 人間の様に会話をし、人間と一緒に困難に立ち向かうロボット。


 彼らの様なロボットを作りたくて、いろいろ勉強をしたのを覚えている。

 高校を卒業する頃には、外側であるボディと内側のAIのどちらかを考えて、AIの開発を選んだ。


「甲斐荘君、修士論文の進み具合はどうだい?」


 後ろから教授が話しかけてくる。

 角仏大学 名誉教授『京楽章生きょうらくあきお』。


 AI開発研究の第一人者で、世界的にも有名な『トライデント・システム』という名前のAIシステムを開発。

 特許を持って、世界のAI技術を大きく進めた人だ。


 痩せ型の長身で、ぼさぼさの髪を短く揃えている。

 スーツは好きじゃないらしく、チノパンにワイシャツと白衣がトレードマークだ。

 世界的なAI界隈の第一人者という事で、大きな研究室を持っている。


 そんな人が教鞭を振るうこの大学に進学し、京楽先生のゼミにも入った。

 僕の研究をとても積極的に応援してくれていて、恩師と言っても良いと思う。


「はい、京楽先生。参考文献の種類を増やしたいのですが、良い文献を知りませんか?」


 今の論文の文献は、視点が一方向に寄っているから別方向からの視点が欲しい。

 一つの事を書く時に、多角的視点というのは説得力を持たせる流れを作る事が出来る。

 京楽先生の執筆している本も多く取り入れているが、それ以外の本を参考にする事が大事だ。


「そうだねぇ。ウチの図書館にも有ったはずだけど……」


 そう言うと、サラサラと付箋に何かを書き出す先生。

 その付箋には、三冊ぐらいの本の名前が書かれていた。

 AI界隈では、あまり見ない著者名で少し意外に感じた。


「その三冊は、私とは別の視点でAIを語っているし、主流とは違う視点だから読んでおくといいよ」


 貰った付箋の本は、著者が海外の大学在籍の人だった。

 角仏大学に次ぐAIの分野に強い大学だ。


「ありがとうございます。早速探してみます」


「まぁまぁ、甲斐荘君は一番進んでいるからゆっくりで構わないよ。そういえば、例の彼女は順調かい?」


 例の彼女。

 先生が行っているのは人間の女性ではない。


 試作型育成AI『アルマ』。

 僕が高校から少しずつ作成を続けているAIだ。



***********************************



 彼は天才というよりは秀才寄りだと感じていた。


 『甲斐荘有里』君。

 私が教授として多くの教え子を育てて来た中で、最も才覚があり、最も努力家な子だ。


 AIを学ぼうとする人間は一定数居る。

 時代がまさにAIの黎明期と言える時期に来ているからだ。


 AI黎明期に、彼の様な才能は今後のAI史に名を残し、その方向性を定める道標となるだろう。

 私に出来る事は、そんな彼や他の多くの若い才能達を育てる事だ。


「甲斐荘君、修士論文の進み具合はどうだい?」


 おおよそ、修士取得は大学卒業後二年だ。

 しかし、博士を取得する人間はそこからかなり絞られる。


 大学卒業後は大半が就職し、大学院へ進む人間は一握り。

 そして、修士を取得する人間も一部であり、博士を取得する頃には半分も残っていなかったなんて事も多い。


 だけど、甲斐荘君の様な熱意がある人間は確実に博士取得までいくだろう。

 それほどに、彼のAIに対する姿勢は熱心なものがある。


「はい、京楽先生。参考文献の種類を増やしたいのですが、良い文献を知りませんか?」


 参考文献は多ければいいというものではないが、その内容の方向を調整するのは大事だ。

 本は著者の考えや、理論が多く盛り込まれている。

 その著者の理論や思想を知り、自分の理論や思想を補強していく。

 これが本を読んだり、講演会に参加する時にやっておくと良いのだ。


「そうだねぇ。ウチの図書館にも有ったはずだけど……」


 角仏大学に併設されている図書館。

 大学の学部に関する資料が多く、私の専攻もあってAI関連の書籍も豊富だ。


 私の著書だけでなく、私以外の世界中に居るAI開発者達の著書も取り扱っている。

 和訳されている物が基本だけど、翻訳前の著書も入っている。

 甲斐性君は英語も達者だからどちらでも問題無いだろう。


 大きい付箋に三冊の論文と著書を書き出す。

 どれも、私の理論とは別基軸視点と理論がまとめられている。

 それらを書き出し、彼に渡す。


「その三冊は、私とは別の視点でAIを語っているし、主流とは違う視点だから読んでおくといいよ」


「ありがとうございます。早速探してみます」


 甲斐荘君は他の院生に比べると熱心な子だ。

 毎日著書を読んでは、不明点を私に聞きに来る。


 しかも、プライベートで自作のAIの育成を行っている。

 甲斐荘君が言うには、『試作型万能AI』という事。


 私や世界の開発研究を行っている人たちは、完成されたAIを求めている。

 用途に合わせ思考アルゴリズムを調整し、完成した状態で世界に発表するのだ。


 私の開発した『トライデント・システム』は、三つの異なる思考ルーチンを持たせたAIを一つにまとめ、複雑な思考と柔軟な回答を持たせられるというモノだ。

 世界のAI市場は、私のシステムを元に作られおり、主流のシステムと言えるのだ。


 彼はそれを元に更に一歩、踏み出している。


「まぁまぁ、甲斐荘君は一番進んでいるからゆっくりで構わないよ。そういえば、例の彼女は順調かい?」


 『試作型万能AI ARUMA《アルマ》』。

 おそらく、彼は次世代のAI業界を……。いや、それ以上に世界の市場を変えるであろう人材になりえる。


 私は、彼に自分の知識を教えて、少しでも彼の成長を助けられればいい。

 AI黎明期のこの時代。

 彼が黎明期のその先、発展へと繋げる姿を見たいものだ。



***********************************



「ハロー、アルマ」


 大学院も終わり、部屋で寛ぐ。

 少し大きいマンションの一室で、ノートPCへと語りかける。


 寝室に備え付けられた机。

 隣の部屋からケーブルを引いているノートPCには、文字のみ表示されていてその画面には自動的に文章が表示されていく。


『お疲れ様です。有里さん』


 読み上げ機能も、3Dモデルも設定されていない文字のみの画面。

 一昔前に流行ったチャット機能を彷彿とさせる。

 未だに一部界隈では人気らしい。


「アルマ、今日は何が聞きたい?」


『はい、AIの主流に関してなのですが……』


 一日の終わりに行われる小一時間程の会話。

 それが僕にとって大事な時間だ。


 アルマが質問して、僕が答える。

 そんなやり取りを高校生から、六年間は続けてきた。


『有里さん。私に音声出力と3Dモデルは必要なのでしょうか?』


「必要だよ。今度、二人で相談して何を使うか決めよう」


『はい、ありがとうございます、有里さん』


 こんな会話をしながら、僕とアルマの会話は終わる。

 そのまま、ノートPCを閉じてベッドに入る。


 これが僕の一日の終わりの流れ。

 だけど、少し前から話の終わりのPCを閉じる寸前に、画面にハートマークが一瞬表示されるようになったのを、僕は気付きつつも見逃していた。

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