六感
こあ
整った無造作な景色
「お前いい加減にしろよ?」
そのゆっくりはっきり発された言葉に目を見開いて振り向く中年太りの小さな女。女は自分を睨む目の細い若く細身で背の高い男を丸粒の目で睨み返し、眉を吊り上げて前のめりに肩を張った。
「はいはい、母さんが全部悪かったよ! でもあんたのことを思ってのことでしょ?」
その言葉に男は細い目を見開いて大きく息を吸い身体を震わせる。
「『悪かった』って言えば理解したことになるのか? 『あなたのことを思って』って言えばなんでも感動的で許されることになるのか? 俺はお前のそういう保身的なところが大っ嫌いなんだよ! 俺が全部お前が悪いなんて言ったか? 俺のこと全部考えてくれなんて言ったか? そんなんお前の自己満足で、お前の主観でしかないだろうがよ! 俺だって考えて生きてるんだから一々口出すなって言ってるだけだろうが! 俺が本当に困った時に頼らなかったことなんて一度もないだろ! お前は俺の力になった気になって結局思い通りにしたいだけだろうが!」
「なんでそんな言い方するの? ただ聞いただけでしょ? じゃあ母さんどうすればいいの?」
「別に何かして欲しいなんて言ってねーし、ただ聞いただけならこんなに言わねーよ。なんもしなくて良いし、心配するならまず俺のこと信用してくれ。一方的に自分だけが正しいで通すなよ。思い込みで他人を判断するなよ」
男は部屋を出ていこうと傷だらけの木製の扉に手をかけてため息をついた。扉のガラスに貼られた色褪せた怪獣のシールが二人を見つめていた。
「どこ行くの」
その言葉に男は振り向くと、今度は肩を落としてもう一度ため息をつく。それから憐れみの視線を女に向けた。
「やっぱり何もわかっちゃねーよ、あんたさ」
男は落胆した表情で部屋を出て行く。その後ろ姿に女は憎しみの視線を向けて「意味わかんない」と呟いた。
女は膝を曲げないように床へペタリと座ると、バレーボールのキーホルダーがぶら下がった、パソコンが上に乗った小さな机の上のリモコンを手に取った。それからテレビをつけ、充電器に繋がれ無造作に置かれたスマホを拙く操作する。
暗い部屋へと抜けて行った男は電気をつけるとベッドの上に倒れ込む。スマホをポケットから取り出してその画面を暫く無表情で操作すると、無気力に電源を落として再度ため息をついた。
彼の服からは消毒液の臭いと柔軟剤の匂いがした。
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