異世界美少女攻略紀 ~クラスで転生 俺だけランクアップが美少女攻略~

ゆあん

EP-01. 狼少女

第1話 転生前日はまるで映画のようで

 ――こんなことが、現実にあってたまるかよ――



 静寂に包まれた教室に、張り裂けそうな緊張と、男の怒号どごうが響き渡っている。興奮した男はクラスメートの女子一人を背後から締め上げ、ナイフを突きつけている。


 ――井波いなみさん――!


 どうしてこうなったのか、詳細なことはわからない。


 覚えているのは、授業が始まって、忘れ物に気づいた先生が教室を出ていって――。

 すぐに戻ってくるはずだった先生は帰ってこず、代わりに不潔で屈強くっきょうな――井波さんをめ上げている――男が入ってきて。そしてあっという間に、こんな状況になった。


「わかってんのかてめぇらぁっ!」


 男は興奮しすぎて、何を言っているのか要領を得ない。俺達にも、そんな男の言葉を理解しようとするだけの余裕はなかった。学校に対する不満を言っているようにも聞こえるが、その男がこの学校の――県内屈指の進学校である――関係者であるようには、到底とうてい思えなかった。


 クラスの連中は何もできなかった。それは俺もそうだった。クラスメートが命の危機だというのに、体が動かない。突きつけられた鈍色にびいろのナイフが、たしかに命を奪いそうな男の狂気が、俺たちをはりつけにしていた。


 何分経ったのか、わからない。まさに一秒が一分にも一時間にも感じる。


 ――先生はまだ戻らないのか?

 ――この騒ぎに、周りのクラスや大人達は一体何をしているんだ? 


 男は腕を伸ばして、ナイフを代わる代わる突きつけている。刃を向けられた生徒は全員が雷で打たれたように硬直していた。男はその度に何かを叫んでいるが、その恐怖に、誰も口を開くことができなかった。


「ちくしょう! こうなりゃあ!」


 しびれを切らした男が、締め上げていたクラスメート――井波さんだ――を蹴り飛ばし、そしてポケットに手を突っ込んだ。突き飛ばされた井波さんをクラスメートが受け止める。それに一瞬の安堵あんどを得た俺たちに、男はさらなる絶望をもたらした。


 男の震える手のひらの上で、鋼鉄の心臓――手榴弾しゅりゅうだんだ――が鈍い輝きを放っていた。


 人を殺傷するために生まれた、軍事用兵器。俺達はそれが本物であることを本能で理解していた。


 ――そして、それが爆発すれば、どうなるのかも。


「お、落ち着いてください!」


 クラス委員長が声を上げた。しかし、それはかえって逆効果だった。冷静に考えれば、それは当たり前だった。この教室にいる全員が冷静さを欠いていたのだ。


 男は委員長に両手を向け、狂人のような顔で――あごを引いて、眼をひんいて――叫んだ。


「お前から殺してやるゥ!」


 ――委員長が、殺される――


 その時、俺の体は無意識に動いていた。


一樹いつき!」


 俺はただまっすぐに駆け出していた。その身を男と委員長の間に滑り込ませて、不格好に――まるで車同士が衝突するように――男の下半身にしがみついた。非力な俺の体でも、これなら動きを止められる、とでも、反射的に考えたのかも知れない。男のひざ脇腹わきばらにめり込む音と激しい衝撃。男ともつれるようにくずれる中、視界の外で、無傷で立っている委員長の姿が見えた。――よかった、委員長は無事だ――


 

 ――しかし、それでは甘かった。


 全てがスローモーションの世界。一秒が何分にも感じられる、そんな世界。今まさに自分におおいいかぶさろうとする男の左手に、ことに気がついた。


 それは、ほとんど同時だった。


 ――視界の外に、鈍色に輝く鋼鉄の心臓が、宙を舞っているのが見えたのとは。


 手榴弾はみるみる高度を落としていく。俺はとっさに手を伸ばした。しかしその手がそこに届くことはない。人を殺傷するために生まれた軍事用品は、たしかに宙を舞い、硬質な教室の床に叩きつけられ、光を放った。



 ――それはまるで、映画のワンシーンみたいだった。

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