掌編小説・『ワード』
夢美瑠瑠
掌編小説・『ワード』
掌編小説・『ワード』
私は女流作家で、週刊誌に毎週掌編小説を一篇載せるという連載の仕事を持っているんですが・・・
急にワープロのキーのうちの「H」だけがバカになってしまったんです。
仮名文字変換に切り替えるキーも動かなくなっている・・・
で、こんな具合になりました。
「 『鶴』
(まず「鶴の一声、鶏中の一鶴、掃き溜めに鶴、とか言いますがーって書きたいんだけど・・・)
鶴の(いち)声、鶏中の一鶴、(そうじのそうで)掃き溜めに鶴とか言いますがー
(これはだいじょうぶね)
(次に、「つまり、鶴は優れた、孤高の人、そういう存在の象徴なのである。」そう書きたいんだけどー)
(「は」は「こそ」に変えるか。「人」ほ「にん」で出るわね。「象徴」も「ぞう」に「しるし」でOK。)
(次は「鶴のように他を圧した美貌の少女、それが鶴子だった。今は大正時代で、江戸川乱歩や谷崎潤一郎の妖しい文学が描写しているような頽廃的で唯美的なイメージの、ロマンチックな時代だった。
彼女は束髪に袴姿で自転車に颯爽と載っている、モダンガールの先駆者で、ハイカラという言葉がよく似合う華やかな一個の芸術品のような、皆の憧れの的だった。」
って書きたいんだけどー「廃」は「すたれる」で出るわね。髪は「かみ」でいいし、
「袴」は「こ」で出る。「ハイカラ」はどうしようか・・・英語でもHがいるし・・・
ハイカラ・・・ハイカラ・・・
「いわゆる「高い襟」という意味の例の人口に膾炙している表現」に言い換えようか。
それもおしゃれじゃない?
「華やか」は「華麗」で出るし、これでOKね。)
(次は「鶴子には悩みが一つあって、それは目の下の痣(あざ)だった。
美貌の画竜点睛を欠く点というのか、唯一のWEAKPOINTが、大きくて、黒々とした、この痣だったのだ。
ちょうど、その痣のために鶴子の顔は「生まれいずる悩み」というテーマの何かのオブジェのような、そうした印象を常に与えざるを得ないのだった。
運命的なそうした外貌の欠陥が、「名匠の手になる芸術品にある一個の歪み、」みたく逆に魅力的だ、そういう男もいた。)
(そう書きたいんだけどー「は」はどうしても出せないから「とっての」にするか。「それは」は・・・「それこそ」でもいいわね。
また「は」か。「てにおは」のひとつだから厄介ね。「について」にすればちょっと変則的な表現になって面白いかもね・・・)
・・・ ・・・
こうして女流作家は小説をどうにか書き進めていって・・・
最終場面にたどり着いた。
(今度は「ふたりは手と手を繋いで大股で海岸を歩き、夕日に向かって石を投げたりした。夕日は、丁度今青春真っただ中の、ふたりの熱い魂を象徴してくれているように美しくて、鮮烈だった。
痣なんて本当にちっぽけな、この砂浜の粒の一つみたいに思えた。
鶴のような、鷺のような、美麗な鳥が夕陽を浴びて薔薇色に光り輝きながら、沖の方で飛翔しているのが見えた。
たまらない快さに、ふたりは「ははははは」と大声で笑った。・・・(終)」
そう書きたいんだけどー「ははははは」が難しいわね。
ははははは・・・ははははは・・・
そうだ、漢数字の「八」で、カタカナにすればいい!
それしかないわね。よしできた。)
「RRR・・・RRR・・・ああ和正君?すぐ会いに来てー
私、どうしても「H」が欲しくてー」
こうして、どうにか原稿を仕上げた女流作家は、恋人に電話をして、最近ご無沙汰の「H」を所望するのだった。
<終>
掌編小説・『ワード』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
所謂、女性遍歴?/夢美瑠瑠
★15 エッセイ・ノンフィクション 連載中 20話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます