病院。

開きっぱなしになっているドアから中を覗くと清潔すぎる真っ白な空間にポツンと一つ丸くなっている男の背中があった。天気がいいこともあってきっと同室の患者たちは外に散歩でも行っているんだろう。ただ一人で外を眺めている男の頭にはこれでもかと包帯が巻かれている上にネットがかぶせられていて、さながら売店に並んでいる売れ残った果物みたいだなとぼんやり思った。


「おい」


後ろから人が来ているのに気が付く様子のない丸すぎる背中に声をかける。するとゆったりとした動きで奴は振り返った。


「あ、来てくれたんだ」


その声のあまりの覇気のなさに用意していた言葉が喉元で詰まる。病院ということもあり、流石に少しは静かにするだろうとは思っていたが、声の小ささ…弱さは思っていた以上だった。


「来てくれたんだって、なんだよそれ」

「うーん…別に来てくれるような人もいないからさ」

「そんなことないだろ」


自然と下がっていく視線に映りこむように、売店で買ったあったかい甘酒を置く。すると目を丸くしてこちらを見てきたので今度はこっちが視線を外した。その先にあるパイプ椅子を掴んで引き寄せて腰を下ろす。


「これ」

「入院してる奴に酒はまずいかなって思ったから」

「…ありがとう」


今まで聞いたこともないような真っ直ぐな礼に、何よりも心配が勝った。でもそれを言ってやってしまったら今の状態だと本気で受け取りかねないなと言葉を飲み込む。少し調子がおかしい俺に気が付いているのかは分からないが、同僚が何か言ってくるようなことはなかった。


「傷大丈夫か?」

「まぁね、頭の形綺麗だから包帯巻くの楽だって看護婦さんが言ってたよ」

「ふーん」

「こんなぐるぐる巻きにする必要もないと思うけど」


額から少しずれた位置を指さして困ったように笑う。呑気だなと言ってやりたかったが、これも奴なりの気遣いなんだろう。

目の前で襲われている姿。いくら名前を呼んでもかけても返ってこない声。何度経験しても慣れることがない。それが若いころから苦楽を共にする同僚ならなおさら、思い出しただけで肝が冷える。


「巡回は強化してるが、尻尾すら掴めてない。もしかしたらもうこっちにはいないかもしれないな」

「そうか…これ以上被害者が出なきゃいいんだけど」


そう呟いて同僚は肩を落とした。こんな時まで人の心配をするとは本当、昔からドが付くほどのお人好しだ。そんなんだから巻き込まれるんだよ。


「お前が証言してくれたおかげで特徴は分かってんだ。なんも考えずにお前はしっかり休んどけ、どうせこの後始末書大量に書かされるだろうしな」

「えー手伝ってよ」

「やだよ、めんどくせぇ」


ようやくいつもの調子が互いに戻ってきたところでスマホが震える。そこまで長居出来るほど警官も暇じゃない。


「じゃあそろそろ行くわ」

「おう!今度は飲みに行こうな!」

「ならさっさと治せ、ばーか」


文句を背に受けながら病室を出る。振り返ったらまた頼りなさそうに背を丸めているんだろうと考えてやりきれなさに口から洩れるため息を抑えられなかった。



(暗転)

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