第90話

「うぉッ――――危ねえ……! マジで死ぬ……!」


 アルが放つ白銀の光の中から飛び出しもう一度境界での干渉を試す。


「無駄だ」


「だろうな――――だったら、『火神の憤怒ヴレイズファング』……!」


 アルを取り囲む赤き火の矢の列。触れた側から炭化する程の高熱を携えた物理攻撃はしかし、呆気なく無限の光に飲み込まれる。


 攻撃力、防御力、魔力、体力、それ等全てが無限なのだ。この程度で倒し切れる筈も無い。


「だったらコイツはどうだ……! 古今東西、防御力を貫通する魔法が存在するモンだ……『裂閃魔剣ティルフィング』!」


 紅黒の不定形な鋼の矢は音速を超えて放たれる。空間すら喰い破りながら視界から消え失せ、アルの肉体の内側へと直撃する。


 防御を無視して内臓の全てを捕食する筈の魔法なのだが、アルにとっては微塵も通用していないらしい。


「ああそうね……無限の防御力……」


「『フォトン・メーザー』」


 何度も放たれた白銀の光線。当然攻撃力は無限という意味の分からない攻撃だ。それに加え速度すらも無限とくればアルが放った瞬間には既に俺の体へと当たってしまっている。


 流石の最強だと眩暈がしてくる。つまりは俺の攻撃で奴にダメージが入らず、逆に奴の攻撃は必中であるという事。奴を斃す為に威力だけでは貫けないのならば、何か別の要素を取り入れなければならない。


 即座に白銀の光から抜け出し目眩ましの為の魔法を幾つも放つ。取り敢えず意識さえそちらに向いてくれればそれでいい。


「……君は」


「『氷獄世界ヤタノカガミ八層の柱コキュートス』」


 他者のあらゆる力を零に変える封印魔法。巨大な八本の柱がアルを取り囲み鎖で繋ぐ。これ一本で火星程度のエネルギー量ならば零へと出来る。魔法に付与した性質は間違いなく減衰の極致の筈だが、当然ながら無限には通用しない。


 変わりに全方位を圧し潰す白銀の光が返され、俺の体はど真ん中へと飲み込まれる。回避など許されない、放ち続けようと思えば無限に放ち続けられる。


「これで終わりだね……」


「ふぅ……危ない危ない……死ぬトコだった……」


「――――なッ!? 『フォトン・メーザー』!」


 アルの驚愕の声という珍しい物を見れたと嬉しくなりながらもう一度光に飲み込まれる。


「ががががががっ、はははっ、眩しい眩しい。攻撃魔法のレパートリーが少ないなぁ」


「どうして……生きていられるんだい……? 僕の攻撃は――――」


「当たっていないからな。俺は光に飲まれているから、本来ならば消滅していなければ可笑しいけれど……」


 言葉を発しながらもアルの攻撃は止まらない。視界が完全に塞がれてしまっているから歩き辛いったらない。


「俺は自分の体を別位相へと弾いているんだ。攻撃にも不変が付与されていたからビックリしたよ……初撃の対応をミスれば死んでたからな」


 放心しながらも攻撃を止めないアルの目の前に立ち、頭に手を置く。


「こっちの攻撃も通用しないと思っていたら――――案外そうでも無いらしい」


「――――、ッ!?」


 そこでようやく現実へ引き戻されたようだが、境界の力は既に発動している。アルの肉体と融合したヘレルを引き剥がす事を目的にして放ったソレは確実に力を削ぎ落とした。


「やっぱり……一枚減ったな」


 一番最初の攻撃で一枚、今の攻撃で一枚。『十三星冠=銀界厘翼』とはよく言ったものだ。名が体を表しているではないか。


「つまり残り十一枚、削られたら解ける訳だ。無理矢理に不変なんていう性質を獲得した弊害だな」


 本来ならば変わらない事こそが不変の理なのだ。それを無理矢理無限と融合してしまえば、何処かで綻びが出来るのは当然の帰結と言える。


「なんだ――――案外俺でも勝てそうだ」


「『フォトン・セイバー』……!」


 視認出来るだけでも数千万の、正確には一億九千万もの斬撃が更に数を増やしながら空から降って来る。流石にコレに当たってはマズイらしい。


 一撃一撃の威力が高過ぎて位相を切り裂く性質を無理矢理獲得している。何と無茶苦茶なと笑えてくるが、この程度ではどうということはない。


「そうだ、攻撃のレパートリーだ! もっと工夫するんだ! 回避に専念すれば避け切れてしまうぞ!」


「舐めるな……『フォトン・イレイザー』!」


 俺という存在に座標を固定した殲滅の光条。別位相を幾度も破壊しながら俺という標的を目掛けて突き進む。別位相、別次元、高位異次元へと突入した瞬間、殲滅光条は座標を失いあらぬ方向へと外れてしまう。


「残念賞だ、一枚貰うぞ」


「クッ――――!」


 境界線を飛び越えてアルの背後を取り、落第の判子を押す様に羽を捥ぎ取る。残るは十枚。


「『フォトン・ブリンガー』……!」


「おっと……」


 アルが初めて見せる攻撃以外の魔法。様々な人型の巨人が俺を取り囲み、惑星を握りながら見下ろしている。


「そうだな……一人で出来ないならば分割して補えばいい。アンタは無限だからな、分割しても目減りしない」


「随分と……喋るじゃないか……!」


 その余裕を消してやると言わんばかりにアルからも攻撃される。主人の合図に反応してか数千を超える巨人が動き出す。


 一人は光速の隕石投げ。一人はブラックホールで捉えようと。一人は単一位相で待ち構え、別次元にすら構えている者も居る。


 絶対に逃がす物かという気概に、ついつい頬が緩んでしまう。


「僕が最強でなければいけないんだ……。僕の平穏は、僕だけが護れるのだから……」


 無限と不変を混ぜた巨人達は破壊すら出来ず、流石に少しばかりキツイ状況になってきた事を自覚する。


「何故君の様な規格外の存在がこの世界に墜ちてきた……! 君にさえ出会わなければ……僕は変わらず最強のままだったというのに……!」


「自分が一番じゃなくちゃ……満足出来ないのか。当然だよな、無限の平穏を願っているのに、俺みたいなのが居れば平穏に成り得ないんだから」


 人類史からしてみても何らおかしい事は無い。何か良く分からない人間が核爆弾を腹に抱えていれば排除したいと願うのは当然の事だ。それが平穏を守護するという特聖により歪められ、そうするしか無い人間に成り果ててしまったのだ。


 人間性を爆発させて特聖を獲得した者の末路がコレだ。絶対に譲れないラインが出来てしまう。誰に何を言われようと、絶対に曲げられない。


「友人が出来たと喜べばコレだ……どうしようも無いな……僕達は」


「っとぉ……! それでも、アンタが始めたんだ! 俺だって流石に殺されたくは無いからな!」


 ようやく見つけた隙に飛び蹴りを放つ。アルの腹部を捉えるも不動のままに変わらない。だがこれで羽を一枚削る事が出来た、残るは九枚。


「太陽系ぐらいなら吹き飛ぶ蹴りなんだけどさぁ……」


 周囲の巨人と止まらない斬撃の雨。高位異次元で迷子になってしまった筈の殲滅光条すら戻って来てしまい、鋼の大地はすし詰め状態だ。


「せめてもう少し……時間が欲しかったよ――――君がお酒を飲めるぐらいになるまでは」


 それは俺も同じだと、答えあぐねてしまえば光に飲み込まれそうになる。いつかは必ずこうして殺し合う事になろうとも、大切な友人と共に時を共有したかったと。


 ――――理解が出来ない。敵ならば、殺す以外に道は無いだろう。


「もう少しすれば解る様になるさ――――さあ来い、アル! こんな程度じゃ無いんだろ!」


「ああ……こんな戦いは早々に終わらせてしまおう……『フォトン・ゲイザー』」


 発動したのは簡易的な魔法を創造する魔法。必要な時に必要なだけの魔法を創り出す。燃費の悪さはアルにとって関係が無い、様々な性質を今までの攻撃に付与し、増幅し、俺という一点を狙い撃つ。


 縦横無尽など生温い。最早世界そのものから、存在していられる場所すら許されない。


「ぐッ――――クソッ――――!」


 流石に捌き切れない。最小限の攻撃を肉体で受けるなんて芸当も出来はしない。文字通り、全てが必殺の光線に阻まれ、やがて俺の体を捉え切る。


「――――ハッ……ハハ……強いな……アルは……」


 久し振りの痛覚が脳を襲う。気が付けば鋼の大地にうつ伏せに倒れ、顔を上げればアルが悲しそうな目で見下ろしていた。


 五体満足ではあるものの、皮膚の全てが焼け焦げ意識が朦朧としてしまう。今まで大事にしていたローブすら引き千切れ、血に塗れている。


「もう……終わりだよ。すまない、痛い思いをさせてしまって……」


「まだだ……まだだろう……!? こんな程度じゃ無い筈だ……! 慢心するには早いだろ……!」


「いいや――――終わりだよ。さようならザイン、我が友よ……」


 赤の混じった視界越しにアルの泣き出しそうな顔が見える。その中にはヘレルの感情も混ざっているのか、敵を屠る前だと言うのに一縷の涙さえ流してしまう。


「まだ……まだ……!」


 無限の光線がアルの手を伝い、俺の体に放たれる。既に満身創痍の俺の体は崩れ去りながら、やがてこの世界から消えてしまった。


 悲しそうに、それでも満足しているアルの顔がどうしても歪で、俺の胸を打ってしまう。


「オマエどうしてその程度で満足している――――アル=アジフ=アモエヌス」


「えっ――――――――」


 瞬間、アルの残りの羽根は一枚を残して消滅した。俺の境界の力により無理矢理に剥ぎ取ったのだ。


「まだだ、まだだ、そう言っているのに……どうして向上する事を止めるんだ。もう少し上の地点へと行けた筈なのに、あんな程度で満足するなよ」


「あっ……在り得ない……し、死んだ……死んだ筈だ……君は……!」


「どうして俺があの程度で死ななくてはならないんだ……? 道理に適っていないだろう?」


 先程まで負っていた損傷の全ては修復され、衣服でさえ元のままに戻っている。


 僅かばかりの躍進を願えば、期待を裏切られた気分だ。この程度で俺を殺せると踏んでしまったらしい。


 須王達也の時と同様に、やはり敵に期待を持つのはよろしくないな。簡単に慢心してしまう。今回は封殺せず、気持ち良く戦わせてやればこれだ。こんな程度で倒せると踏んでしまった。


「世界は――――分け隔てられていると知っている。いつしか聞きたがっていた、俺の理だ」

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