第89話

 アストナークからアモエヌスまでの境界を超える。夜が月に照らされ街を白く照らしている。


 そこに住人の声は無く、街ごと死んでしまったのでは無いかと疑いたくなる程静寂に包まれていた。


 いいや、この街はとうの昔に滅びていたのだ。ユリウスの眷属、冥界に加わる者のみが暮らす理想郷として有り続けていた。ここに住まう者達は生きておらず、全てがユリウスの手の内だからこそ騎士団が不在でも上手く運営され続けていたのだ。


 どこまでも命という物を舐め腐っているらしい。俺に見せつける様に広がる街は生命の全てが消失した死んだ街だ。


 こんな事をして許されると思っている奴が俺に喧嘩を売りつけた。


 そして冥界を守護する様に、無限もまた彼に与している。星見台から俺を目掛けて放たれている白光がその証だろう。ここに乗って戦場まで上がって来いと転移魔法先からでも感じられる闘気で肌がヒリつく。アルもまたやる気があるらしい。


「さあ……来たぞ……? 何か面白可笑しいショーでも見せてくれるのか?」


 挑発に身を任せ白光に乗れば俺の体は一直線に星見台の頂上まで運ばれる。眩い光に視界を遮られた後に広がるのは見覚えの無い空間だった。


 少々出鼻を挫かれながら空間に目をやる。


 名付けるならば鋼の大地。地面、空、大気にさえ色が無く、命の温かさを感じさせない鋼鉄の地平線が目の前に広がっていた。アルに初めて招待された暖かな雰囲気のある箱庭は完全に消え去り、敵と敵が殺し合う冷たい雰囲気が漂っている。


「驚かないんだね、ザイン君は」


「驚く要素が無いからな。世界は確定事項に溢れている」


 赤いカーディガンを脱ぎ去り、白いワンピースのみを纏ったアルが一人でに佇み視線だけで牽制してくる。


 だが物事は確定事項で溢れている。この言葉に何ら嘘偽りは無い。俺は初めて出会った時から、アルという女性が禍奏団に与している事を理解した。


「だってアンタ……創星……だったかな……ソレ、使えるだろ? そんな奇妙な魔法を使う奴なんてこの世に数人居るかどうかだ」


 エルジートライで出会った傀儡の悪魔が用いていた他者との融合魔法。恐ろしく短絡化した魔法は俺ぐらいでしか解除出来ないであろう珍物が彼女の中には刻まれていた。


「不完全にも程がある。一生を添い遂げるつもりか?」


「他人の扱う魔法でさえ……見えるのかい……?」


「特別奇妙な魔法だったからな。嫌でも目に入る」


「なるほど……恐れ入った。流石は境界の魔法使いだ」


「どうして……こんな事をしている……。無限の平穏っていうのは嘘だったのか……?」


 一瞬だけ気まずそうな表情が見て取れたが、彼女は直ぐに引き締める。


「改めて自己紹介をしておこう。禍奏団新星派首領、『無限の魔法使い』、アル=アジフ=アモエヌス。境界を打ち破る者だ」


「境界を打ち破る……アンタ程度がか?」


「…………」


 俺の言葉を聞くや否やアルの背後の空間が歪みヘレルが顔を出す。顔を俯かせ、ここからは表情が伺えないが肩を落としている事は見て取れる。


「なるほど、融合か。概ねそんな所だと思っていたけど……捻りが無いな」


「……ホントに……やるの? あと十年ぐらい待ってみてもいいんじゃ……」


「ヘレル」


 しおらしいヘレルを一言で制す。身長差のある体をビクつかせ、怯えた様にアルを見下ろし返事を待っている。


「決めただろう、これは契約なんだ。如何なる場合であろうとも、僕達はユリウスを護る必要がある。たった一度の境界への挑戦権の為に、彼なんかと手を結んだんじゃないか」


「でも…………」


「相方は嫌がってるらしいぞ? 何ならその契約とやらを解除してやろうか?」


「契約を……解除……?」


 魔法使いを生業にする人間からは到底信じ難い言葉にアルは不意に眉を歪める。


「アカシックレコードに仲介されていても解除してやるよ。俺だから出来るってだけだけどな。それでも俺に挑むって言うなら――――容赦はしない」


 こちらとしても本気で戦いに来たのだ。自ら撤退を選ぶのならば何も言う事は無い。だが――――。


「ヘレル、約束しただろう……? 僕達がこの世界を……平穏を護るんだと」


「そう…………だけど……うぅ……もう、分かったわよ……。せめて苦しませずに斃してよね……」


 戦う。二人の心は決まったらしい。ならば俺も言葉の通り、容赦しない。


「我が名はアル=アジフ=アモエヌス。境界を打ち破り、平穏を守護する者」


 アルは俺という異物を排除したいと願う。当然だろう、何時爆発するか分からない爆弾をこの世界に住まわせて良い訳が無い。


 故に彼女に説得の言葉など通じない。同じ特聖へと至っているからこそ理解が出来る。一度護ると決めたならば、障害を殺し切る他無いのだから。


「我が名は――――ヘレル=ベン=サハル。輝く星を紡ぎながら、人の夢を護る者」


 アルという無限の魔力の塊に触発され、微弱だったヘレルの魂の格が無理矢理に引き上げられる。いいや、そもそもここが本来彼女が居るべき場所なのかもしれない。


 ヘレル=ベン=サハル、別名ルシファー。神話の時代から更に遡った旧時代から未だに続く神格の名。世間から姿を消し、今の今までアルと旅をしていた彼女は遂に神としての威光を示す。


「『創星クオリア』――――『十三星冠レネゲイド銀界厘翼ヘヴンドライヴ』」


 アルとヘレルが高次元で混ざり合う。この世界で頂点を掴み取っている存在同士が俺という規格外を排除する為に。


 愛する日常とやらを護る為に、限界という枷を一足飛びで突き放す。


 白銀の十三枚羽根と天使の輪。厳かな粒子が宙に舞い、一粒地面に落ちただけで世界を抉り取るだろう。そうならないのはヘレルが用意したこの空間のおかげだ。不変という唯一無二の権能を振るい、互いが全力を出し合える場を整えた。


「……やっぱり……効かないか」


 不変が混じった無限には傷一つ付かず、境界の全てを弾いてしまう。地上に墜ちた天使の如くに生まれたばかりの彼女は俺を標的に定める。


「これは――――久し振りにヤバイかも……」

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