第75話

「お願いぃぃ……! お願いだからぁ……! 一回だけで……一回だけでいいんだってばぁ……!」


「うるさいこの馬鹿っ! いい加減にしやがれ! 一緒に謝ってやるからさっさと帰るぞ……!」


 泣きじゃくるヘレルは珍獣の様な鳴き声で盛大に威嚇し、俺のローブを引っ掻き回す。肉体を強化していなければ俺は瀕死の状態にまで陥っていただろう。


「無理だもんぅ……! アルが許してくれる訳無いじゃーん……!」


「だから……! 許す許されるとかじゃ無くてだな……! ルールを決めてきちんと遊びなさい……! そしたらそのアルさんとか――――ぷぇっ! やめろ、口に指突っ込むな! 帰るのは変わらないんだからな……!」


 初めて名前が出たな。まだ見ぬアルさんとやら、どうか早くコイツの首に首輪を巻き付けてくれ。二度と街から抜け出さない様に躾もお願いしたいところだ。


「分かったな……ほら、さっさと居場所を吐け。最大限譲歩してもらうから……」


「うぅ……うぅ……分かったわよぅ……」


 ようやく俺も珍獣を手懐ける術を身に付けられた様だ。だが、話してみると口にしてしまった以上、正念場はここからなのかもしれない。


 ヘレルが肩の荷を下ろして遊べる条件を提示し、許していただく。世界最難関のミッションとして目の前に立ちはだかるが、最後の仕事だと気合を入れ直す。


「ここか……ここ……は……?」


「なにしてんのよ、早く入るわよ」


 アモエヌスの中央へと歩いていた俺達は遂にど真ん中へと到達した。そう、この国の中心地……星見台へ。


「中で働いている人が保護者……って訳でも無いのか……」


 ヘレルに続いて建物へと入るが、中は無機質な白塗りの壁が続くばかり。中央に鋼色の筒が貫いているだけの、無人の建物だった。


「つまり……そういう事か……」


「そういう事って?」


 鋼色の筒の前に近未来的な電子制御装置が幾つも設置されており、手形が描かれた認証装置へヘレルが手を置くと扉はいとも簡単に開かれた。この筒は所謂エレベーターと呼ばれる物だ。こんな代物を用意できるだなんて、別の世界に迷い込んだみたいだ。


「つまり……ヘレルの保護者っていうのは……無限の?」


「そうそう、結構偉い人」


「結構って……そんなレベルじゃ無いだろ。世界最強じゃ無いか……」


 エレベーターは二人が入るのを確認したと同時に上へ向けて射出される。激しい揺れと轟音に襲われ、手すりを掴む。


「ほんっとに嫌い……! もうちょっと快適なの作りなさいよね……!」


 レールが擦り合いながら、嫌になる程の高音となってやってくる。流石にこれは酷いと言わざるを得ない。俺の全霊を以て快適な空間へと作り替えてやろう。


「――――ふぅ、これで問題無いな?」


「うわっ……すごっ……! 何も聞こえなくなった……」


「箱事態に魔法を掛けたから、これで何時までも効果が続く筈だ」


「ザインってホント便利よねぇ……使用人にならない? 歓迎するわよ?」


「謹んでお断りさせていただく」


 ヘレルは本気で残念そうにしているが、こちらだって本気で嫌だ。これからの一生をヘレルの世話をするなんて、考えただけで寒気が止まらない。


「おっ、着いた着いた……ねぇ、先行ってぇ……欲しいかなっ……て……」


「分かったよ。ヘレルもきちんと謝るんだぞ?」


 エレベーターは十分程度の運行の末、目的地へ到着する。


「うわ……すげぇ……」


 星見台の中へと入れば目の前には星空で埋め尽くされていた。深青色と青色が混ざったこの空は、まさしく空と星の境界線だろう。透明な、硝子に似た板に隔てられ、円柱状の建物の頂上には小さな家と庭が出来上がっていた。


「帰ったのかい、ヘレル……おや……?」


 赤い煉瓦で出来た素朴な家に緑の芝生が敷き詰められている。背景が背景なら、至って普通の光景なのだろう。


「――――境界だね。そうか……君が……」


「――――ザインです。いつか、お会いしたいと思ってました」


 黒く腰まで届く長髪に、どこまでも澄んだ蒼色の瞳。幼い顔立ちに似合う真っ白なワンピースと赤いカーディガンを身に纏い、彼女は庭に建て付けられた椅子からゆっくりと立ち上がる。


「自己紹介ありがとう、ザイン。それでは僕も――――アル=アジフ=アモエヌス、『無限の魔法使い』を名乗らせてもらっている」

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