第57話

「嫌です……が?」


「悪魔です……が?」


「この状況で煽るとは良い度胸だ……先の一撃は運良く避けた様だが……これが避けられるかァッ!!」


 ヘファイストスは口に貯めていた炎を一気に開放する。空間を埋め尽くさんばかりの大火球は確実に広間の入口の全てを燃やし尽くした。だが、当然対応は先程と変わらない。この程度なら態々追加で防御を切る必要は無い。


「――――えぇ……」


 ヘファイストスの困惑の声を無視し、周囲を伺う。ここが火山の最奥地だ。少年の姉は確実にこの場に存在している筈なのだがと上を見上げると一つの鉄の牢屋がぶら下がっているのが伺える。


 不格好なそれの中身を覗く為に空へと飛び上がる。


「貴様――――ソレに近付くなァッ!!」


 火竜が豪速の拳を打ち込んで来るがお構いなしに牢屋まで到達する。背後で岩が爆ぜる音が耳に五月蠅いが、今は置いておこう。


 中には俺よりも少しだけ年上の女性が眠っている。栗色の髪に青の髪飾りと、聞いていた特徴と合致した。


「ダンタリオーン! 見つけたー! この人だー!」


「いや……完全に無視かよ……ちゃんと相手してやんないと火竜様が泣いちまうぜー!」


 鉄の牢屋を粉砕し、意識を失った女性を抱き抱え下まで降下する。


「ちゃんと相手しろって言ったって……よっと。別に倒さなくても良いんじゃないか? この人が目的なんだしさ」


「あっ、お姉ちゃんが目的って言っちまったねぇ。言っちまったねぇ、聞いちまったぜぇ、もう忘れられないからなぁー」


「我の花嫁を…………返せェッ!!!」


 今までにない大火球を放つヘファイストス。これが奴の全力なのか、流石に一枚の防御魔法を追加で発動し正面から受け切る。迸る炎は岩をも砕き、最奥の空間を二十メートルは拡大させた。


「花嫁……? そういえば、どうしてこの人を閉じ込めていたんだ? 食料にするにしては小さすぎるだろ?」


 どうやら奴こそがこの火山の主らしい。出来れば手荒な真似をせず、この人を連れて帰りたいのだが、どうだろうか。


「何が食料かっ! 花嫁だと言っているだろうっ!」


「花嫁って……オマエチンコ付いてねえじゃん。いや、鱗の奥に隠してんのか?」


「ああ、コイツの事は無視してくれて構わない。さっさと妥協点を見つけようヘファイストス。こんな所に長居したくない」


「こ、こんな所だとッ!? 装飾にも気を使っているし……良い匂いもするだろ……? 結構……良い雰囲気であろうがァッ!!」


 何故だろう、こいつからもポンコツの匂いしかしない。もう少し威厳を保つ事が出来なかったのか?


「そこの女は特別なのだ……魔物から逃げている所を助けてやったら『ありがとうございます』と言ってくれたのだぞ……これが運命の人と言わずして何と呼ぶ……」


 はい、ポンコツ確定だ。どれだけ恋愛慣れしていないんだこのドラゴンは。


「恋愛童貞丸出しじゃねえか。この子は別にお前の事好きじゃ無いだろ」


「馬鹿っ、声に出すな! 可哀そうだろっ!」


「いや、ザインも中々だぞ……」


「貴様らァッ! 聞いていれば失礼な事をッ! 我の花嫁を返せ、今すぐにッ!」


 ヘファイストスは更に激昂する。一体どうすれば落とし所を見つける事が出来るだろう。


「ハッ! 古今東西、往古来今、女を取られたら拳しかねえだろうがっ!」


 ダンタリオンは何故か気合満々に裾を捲り上げ、着崩れた浴衣を叩く。随分と悪ノリがいい奴だ。


「フッ、我も同じ思考に至った所だ。返してもらうぞ……花嫁をッ!!」


「ちょっとストップ」


「ムッ!? な、なんだコレは……す、進めん……!?」


 取り敢えずと言わんばかりにヘファイストスとの間に境界線を敷く。戦闘で解決するのならばこちらとしても有り難い。だが、きちんと確定させておかねばならない事がある。


「まずはルールを決めるぞ? 勝負は一対一、勝者がこの女性を獲得出来るって事でいいか?」


「ふんッ、異論は無い」


「金輪際、この人には手を出さない。この条件も飲めるな?」


「ウッ……の、飲もうともッ! 漢に二言は無いッ!」


 これで後々のケアも出来た訳だ。後はヘファイストスを正面から打ち倒すのみである。


 ならば――――。


「俺が行こう」


「オレが出る」


「あ?」


「アァ?」


 まるで予定でも組まれていたのかと疑う程に言葉が合う。それと同時に視線が交差し、俺達の間に小さな火花が生じる。


「最近思ったんだよ、普通の魔法の腕が鈍ってるってな。だからここは俺に任せておけ、その辺の魔法でも最強なんだって教えてやるから」


「おいおいイキるなよ。確かにザインは強い。だが考えてもみろ? オレは今までそれっぽい事だけ言っているただの悪魔としか認識されていないんだぞ? ここらで見せ場の一つぐらい譲ったらどうだ、んん?」


 腕を取り戻す為に――――。


 見せ場を作る為に――――。


 俺達は互いを見合い、右の拳を振りかぶる。どちらかしかというのなら、裁断するのはこれ以外に在り得ない。


「じゃんけん――――ポンッ!!!」

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