第51話
「――――以上です」
「……なるほど……ねえ……」
エイプリルは葉巻から一気に煙を吸い込み、暫し肺で転がしてから外気へ吐き出す。これで終わりだとばかりの最後の一吸いを終え、短くなった物を手元の灰皿に押し付ける。
「ええと……それで……?」
「それでってのは?」
「いえ……感想とか……ああいや違う。本当にすいませんでした……俺が居ながら、戦わせてしまって……」
「おいおい、誰も責めてる訳じゃないだろう? まったく、君は自分を責める事が得意すぎるぞ」
「ハッ、多感な時期なんだろ? 男ならそんな時期もあらァな」
思いの外反応が薄いというか、そんな所が妥当だろうなと理解してくれている。
「ザイン、俺が居ながらなんていうのは傲慢だぞ? 君だって一人の人間なのだから、ミスの一つもあるだろう。それに、今回は禍奏団に阻まれたのだろう? 我々としては、駆け付けてくれただけでも有り難い」
「それでも……」
「でもじゃねえだろ。邪魔が入ったから駆け付けられなかった、それだけだ。お前さんがどれだけ強かろうと、人間なんだからそんな事もあるって事だ」
何度も弁明を行うが、その度に優しく絆される。あまりにしつこ過ぎては、逆に神経を逆撫でてしまうだけだろう。喉奥に引っ掛かる物があるが、今はやめておこう。
「お前さんは未だ酒も飲めねえ子供だぞ。色々悩むのなんて普通だ、普通。悩む度に好きな奴に好きなだけ相談すりゃいいんだ。ゆっくりと、大人って奴になって行きゃいい」
ゆっくりと……大人になる。そんなビジョンが今まで見えていなかったのかもしれない。人里離れた場所で暮らしていた時間が長過ぎて、人との営みが何だったのかを忘れてしまった様だ。
「んじゃ、ちっと早いが昼飯にしよう。バーバラに何か作る様言ってくるわ」
そう言いながらエイプリルはカウンターの奥へ歩いて行った。残されたシルヴィアはグラスに残った茶褐色の液体を一気に流し込み、一息吐く。
「昼間から飲むというのも乙なものだな。酒場に人が居ないというのも、珍しいものが見れたよ」
「シルヴィア……さんは、怪我の痕とかはありませんか……? 相当酷い怪我でしたから」
「ふむ……」
グラスを置き、少しだけ考えるようにした後にシルヴィアはおもむろにシャツの裾を捲り上げた。
彼女の腹部には鍛えられた腹筋と一部だけ肌色が歪に変色している箇所が見て取れる。
「この程度だ。大した事ではないよ」
「……嫁入り前の体を……すいません……」
シルヴィアはコツンと俺の額を指で押す。少し拗ねた様な表情が年上ながらに可愛らしく思えた。
「嫁入り前は余計だ。モテはしなくとも、何時かは結婚してみせるさ。それとも――――売れ残った時は、君が貰ってくれるか?」
首を傾け、俺の顔を覗き込む。シルヴィアの頬が赤らんでいるのは酒の所為だろうか。彼女と大した交流がある訳では無かったが、そんなお茶目な仕草も持っているのだと驚いた。
「そ、そんな……いきなりは困ると言いますか……ええと……」
「はは、ただの冗談だよ。私の様な筋肉女を貰う程、君の懐は空いていないだろ?」
「そんな事は無いです。シルヴィアさんは素敵な方だと思いますよ」
少しだけ乗り出すとシルヴィアは思いの外仰け反り、頬を更に赤らめてしまう。エイプリルが去ってから、少しだけ変な空気になっているのは気のせいなのか?
「……君の声が聞こえていたよ……とても苦しそうな声で、何とかすると……あの時言ってくれていたな」
元のままに座り直し、シルヴィアの手が俺の手に重ねられる。驚く程、彼女の手は熱く、こちらまで熱が伝搬してしまう。
「嬉しかった、本当に。もう大丈夫なのだなと、掠れた意識でそう思えた。君は謝るばかりだから、せめて私からのお礼を受け取ってくれ」
「……ありがとう……ございます……」
握られてばかりいる手を引っ繰り返し、握り返す。シルヴィアは無言のまま、力を込めるだけで応えてくれる。
少しだけ目が合い、互いが照れた様に笑う。
「だから……これは――――」
「おーい、つまみ持ってきたぜ。飯までこれでも食ってろってよ」
「――――っ!?」
俺とシルヴィアは慌てて姿勢を正し、不自然すぎる程自然に席へと座り直す。意味も無く衣服の端を叩き、エイプリルから目を逸らす。
「……どうしたよ、んな慌てて」
「な、何でもないですっ!」
「よ、よーしっ! 私はバーバラの手伝いでもしてくるかなぁっ! ザイン君はそこで座っているといい、うんっ!」
「はん……何が何やら……」
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