第17話

 必ず至る、至高の領域に。選ばれた存在のみが見れる景色をこの両の目に刻むのだ。特聖アンセムを手に入れる、自分だけの色を掴むのだ。


 有数の貴族の家に生まれ、順当に魔法に触れ、魔法学院を首席で卒業し、煉獄の名と共に世界を股に掛けた。


 そう――――『煉獄』だ。


 火属性を極めさえすれば発現する、ありふれた特聖に過ぎない。過去にも名のある魔法使いが煉獄の魔法使いと呼ばれていた。誰もが目指せば手に入れられる特聖、それが煉獄。


 ――――ふざけるな。そんな誰もが目指せば掴める物など欲しくは無い。誰もが羨み、誰も到達した事のない、真の特聖を求めているのだ。


 時間が欲しい、足りぬのだ。人に枷られた寿命を超越しなければ越えられない。故に私は目指すのだ、選ばれた者のみが至れる至高の領域へ。




――――


 レオナがザインの家を訪れる数十時間前。


「ぐっ……ここは……?」


「ようやく目覚めたか。まったく……余計な時間を取らせないでくれ」


 暗い部屋に鎖で繋がれレオナは目を覚ます。体は無数の火傷に覆われ、意識は朧気のままである。


「ここは孤児院の地下室だ。存在自体は知っていただろう? 皆が魔法を習う、教室だよ」


 紅い炎によって部屋全体が照らされる。壁一面に巨大な本棚が置かれ、奥には一際大きな培養槽が鎮座している。


「もちろんこれはその裏側だ。表にはきちんと教室を用意してある。生まれつき魔法の才能がある人間だけを集め、私が教える。そうして強力な魔法使いとして……ここへ訪れる事になる」


「――――ッ!?」


 奥に鎮座する培養液の中には継ぎ接ぎだらけの人間が浮いていた。髪の色素は白く失われ、別々の人間の別々のパーツが備え付けられている。強いて無事な部分と言えば顔程度のもの。男とも女とも取れない顔立ちはレオナにとって見覚えのある人物に違いなかった。


「クリス――――姉さんッ!?」


「我が魂を受け入れるだけの、これからの道に於いて躓く事の無い肉体を造り上げた。全ての属性に対し完璧な適性を持っている、究極の魔法使いなのだよ」


「ふざっ、ふざけるなっ! オマエ、姉さんに何をしたッ! 何で姉さんがこんなトコに居るんだよッ!」


「この孤児院を卒業し、自分の人生を歩んだ。そういう事になっているのに一体どうして……と? 簡単な事だろう? 才能をみすみすと手放すと思うのか? ダリアもセシルも、ここを卒業した者の末路はここだ」


「――――ふざけるなオマエェェェッ!!!」


 繋がれていた鎖を最大の力で引っ張り続ける。次第に左手に繋がれた箇所は血で滑り、鎖の束縛から逃れる事に成功した。


「『ウィンド・スィール』!」


 レオナの左手には当然何も装備されていない。故に爪へと風を付与し、体中の鎖を断ち切ってみせる。


「……ああ、そんな精度を手に入れていたのか……素晴らしいと言っておこう」


「ドワイトォォォッ――――!!!」


 血が滴る左手に翡翠が混ざり暴風となってドワイトへと迫る。怒りの中で到達した最高精度はA級相当の力を発揮してみせた。


 ――――しかし。


「貴様に要求するのは二つだ」


「ぐっ――――クソッ!?」


 質量を持った炎により体を絡め取られる。動く度に温度を上昇させ、気が付けば皮膚を焼き切らんばかりに燃え上がる。


「一つ、地天の迷宮に生成されるという遺物『魂橋ソウルスィール』を持ってくる事。二つ目はザインとかいう男をここに呼び出す事だ」


「な……んでっ、そんな事をっ……!」


「私は最終準備を済ませなければならない。だからここから離れられないのでな。それに、使える物を使わなくては勿体ないだろう」


 ドワイトは興味無さげにレオナから視線を外し炎球を一つ宙に浮かべる。


「それが案内する。大方の目星は付いているが……もしも誰かに先を越されていればソイツを殺して奪い取れ」




――――


『逆らってもいい、私の手間が増えるだけなのだからな。だが断った時のリスクを考えろ? 貴様に命は無いし、上で安らかに眠っている子供達は灰に還るだろう』


「クソッ――――クソクソクソッ!! クソがァッ――――!!!」


 迷宮の中をひた駆ける。ボロボロの左腕を引き摺りながら、迫り来る魔物を何度も撃退し続けながら。


 ――――嫌いなものだらけだ。何を好きになって、希望を持って生きろというのか。


「ハッ――――アァッ!」


 ブレードウルフの喉を捌く。解放した風を利用しブレードウルフの死体をぶつけ武器へと変換させる。


 ――――どうして人並みの生活を送れると思ったのだろう。子供達と共に別の何処かに逃げられると、どうして思ってしまったのだろう。たった一人で何も持たずに逃げれば良かった。何で同じ境遇の子を助けて、オマエはまともな人間になる気でいるんだ。無理に決まっているだろう。掃き溜めに捨てられた塵屑の分際で、何を目指しているんだアタシは。


「――――」


 立ちはだかるのはガラルモス。巨大な広場に鎮座して、炎球はその奥へと案内する様に視界の隅で浮遊する。


 ――――どうして目指した、普通の人生を。誰かの為に手を伸ばせば、オマエの全てがまともになると思ったのか。


 ――――どうして目指しちゃいけないの? 普通の人生を。当たり前の様に朝が来て、夜が来て。ご飯を食べて、釣りをして、畑を耕して、魔法の勉強をする。誰かの為に働いてお金と笑顔を貰って寝て。朝が来て、恋に落ちる。


「――――クソが」


 ――――ああ駄目だ。きちんと敬語を使わないと、魔法使いの弟子はこんな汚い言葉を使わない。先生の隣に居る時ぐらい、綺麗なアタシを見て欲しい。


 身分違いの恋心を胸に抱き、世界に嫌われている自分を呪いながら、それでも希望ザインに夢を見る。

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