第14話
出会いは突然で、語るべき事など何もない。そこに誰もを楽しませるイベントは発生していないのだ。
「初めてならこっちの本がおすすめだぞ」
「えっ……?」
魔法屋で魔法書を手に取りながらうんうんと悩んでいた少女に声を掛けた。希望を失った様な瞳から一転、彼女は晴れた笑顔で見上げたのだ。
色々と聞かれた、魔法とは何か、どのようにして魔法を使えばいいのか。
「アタシ、レオナって言います! アタシの先生になって下さいっ!」
「はぁ……?」
たったそれだけだ。感動的でも無ければ喜劇も悲劇もありはしない。当然の様に知り合い、当然の様に今も関係を続けている。
――――そんな日々が、俺は好きだ。
――――
「うぅあぁぁ……結局大した成果も無いしぃ……最悪ぅ……」
「……何をしているんだい、弟子よ」
「見れば分かりますよねー。ダラダラしてるんですー」
今日はレオナが来る日では無いという事を確認し、再びソファでだらけるレオナへと目を向ける。まるで自分の家の様に寛いでいる彼女の腹の上にゆっくりと腰を下ろす。
「ぐえぇぇ!? 重たいですってぇ! 先生ぇ!」
「何だって家を溜まり場みたいにしてるんだお前は。せめて朝飯を作れ、寝起きの先生を持て囃せ」
「探索後日の弟子に対して酷くないですか!? アタシの体調も気遣って下さいよー!」
「だったら家で休めよ……はぁ、何か食うか?」
「パンケーキでお願いします! たっぷりのイチゴとクリームを塗りたくって――――」
「そんな用意があると思うな。ホットケーキでいいだろ?」
レオナの頭に軽いチョップを叩き込みキッチンへと踏み入る。簡単なホットケーキミックスと、イチゴのシロップ程度ならあった筈だと冷蔵庫を覗き込む。
「クリームは無いからな。欲しければ買ってくるけど」
「いえいえ、そこまでは大丈夫ですよ。お構いなく」
「おっ、あったあった……イチゴのシロップで……って、何か臭くないか?」
「ちょっ、ちょっとちょっとぉ! 何処の誰を見ながら臭いなんて言ってるんですかァっ! 先生が見てるのは十四歳の女の子ですよぉ!?」
「いや……ホントに臭くないか? 風呂入ったのか?」
「はぁ……やれやれ。そういう言葉をストレートに伝えちゃうから非モテ人生歩いちゃってるんですよー? もっとこう……回りくどい感じで伝えないと」
なんやかんや騒いでいるレオナを無視して適当なシャツとズボンとタオルを投げ渡す。
「もしかして……昨日のまま来たのか? 風呂にも入らず?」
「偶々迷宮に近かったからですねぇー。いやぁ、良い立地でした。審美眼ですねぇ」
「まぁ……レオナが良いならいいけど……さっさとシャワー浴びてきなさい。その間に作っとくから」
「はーい」
気の抜けた返事と共にレオナは浴室へと足を踏み入れる。ふとソファを見ると隅の所に土がこびり付いている。何時の間にやら侵入していたのか、まったくと溜め息を吐きつつ土の魔法で分解し一瞬で掃除する。
「さて……ホットケーキだな。パンケーキとの違いって何だよ……世間的には流行っんのか……?」
料理本でも読み漁ってみようかな。ホットケーキならば慣れた物だ、くるりとフライパンを振り綺麗な狐色に焼き上がっている。
「クリーム……バターで代用出来るか……? いや、やめとこう。ゲテモノになるもの何だしな」
いや待て、バターと砂糖を合わせればソースとして使えないだろうか。口の中で想像してみれば意外と仄かなハーモニーを奏でる予感がするぞ。
「試してみるか……」
「先生ー! ボディソープが切れてるんですけどー!」
「んあ? ああ、そうだっけか……洗面所の下に入ってるから! 詰め替えといてくれー!」
「どれですかー? これ……は違うしな……何か一杯瓶ありますけどー! 触っちゃ不味いんじゃないですかー!」
そういえば色々と調合して入浴剤を大量に作った記憶がある。確かに同じ瓶詰にされている物同士分かりにくいかもしれない。
「ちょっと待ってろ、行くから」
「えー?」
生返事から十秒程待ってから洗面所への扉を開ける。湯気が立ち込め、シャワーが流れる音が耳を埋め尽くす。俺の股下あたりにはレオナが洗面台の下に顔を突っ込み、慌ててこちらを振り返っている姿が見えた。
――――当然、裸で。
「ひっ、ひええぇぇぇぇっ!? せ、先生ぇぇっ!? 何してんのぉっ!? ノックぐらいしないですかー!?」
「何だよその驚き方……床ビショビショだし……ほらそれだよ、手前の白いやつ」
「い、いいから出てけぇっ! いつまで女子の裸を見とるかぁっ!」
「アタッ、別に子供の裸に興味は無いって。気に障ったなら謝るよ」
扉越しにレオナが騒ぎ、くぐもり興奮した声が耳をつんざく。
「もっとこう……『うわわわわっ!? す、すまんレオナァ!? ワザとじゃないんだー!』とか言えないんですか! 性に萎え過ぎですってぇ!」
レオナはそんな反応を期待していたのか? 確かに俺の不注意だが、興奮しなかったのが悪いというのだろうか。
「レオナは可愛いよ。俺が興奮しなかったからと言って女としての価値が下がった訳じゃない。胸を張れよ、きっと何時か良い相手が見つかるから」
「うぅ……そんな事を言ってるんじゃないんだけどさぁ……。じゃあ、先生は何で興奮しなかったの? 落ち着きすぎじゃない? アタシが子供だから? どうすれば、ドキッとさせられるかな?」
「いや、お前の胸が小さいからだな。子供だし」
「アターックッ!!」
「ぐはっ――――!?」
洗面所から飛び出してきたレオナの小さな体により俺の体は吹き飛ばされ地面に倒れ込む。
「ほぉらこれでもドキッとしないんですかー!? 先生の興味ない子供おっぱいですよー!」
体にしがみつかれ思い切り胸で俺の体を擦ってくる。何だこの子は、一体何が目的というんだ。
「や、やめろ馬鹿っ! ビショビショだ、汚れるだろ!」
「いいえやめませんからねっ! 先生が興奮するその日まで――――!」
ジュー、俺達の数秒の攻防はそんな腑抜けた音により中断させられた。その次にやってきた焦げ臭い臭いにより、二人揃ってキッチンを見る。
「あっ」
――――
「今日は色々すいませんでした! なんかアタシ、疲れちゃってるみたいですね……」
その日は結局夕方まで家で寛ぎ、ようやく帰る気になった様だ。レオナにしてはとても珍しい事だろう。
「送るよ、遅いし。孤児院でいいんだよな?」
「……えへっ、やっぱり……泊まっちゃダメ……ですか?」
「泊まるって……何でだ? いや、別に良いんだけどさ」
珍しい程塩らしく提案してくるレオナの顔を見つめるが、彼女は俺と目を合わせずに俯いている。
「家で何かあったか?」
「…………やっぱり……今日は帰ります! 突然押し掛けちゃってすいませんでしたっ! それじゃあ、今度は三日後ですね!」
「あっ、おい……!」
それだけの言葉を残してレオナは暗くなり始めた森へと駆けていく。家族間で何か問題が生じているのだろうか。それは俺が介入してもいい問題なのだろうか。
調べてみるか? いいや何様だ、俺は彼女の友人というだけだろう。それに、俺が介入した所で何が出来るというのか。
「……雨、降らないといいな」
空を見れば雨雲が覆いかけている。魔法で停滞させようとして手を上げるが、その手をゆっくりと下ろす。
何とも言えないもどかしさを抱えたまま俺は家の中へと戻っていく。
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