第13話

 口の中を冷やしながらレオナ達の様子を伺う。午後になり、数々の冒険者達は迷宮の中へと入っていく。


 レオナとキャロルもその波に乗っかる様にして後に続いている。屈強な男達が多いながらも、女性も混じっている。冒険者といえど随分と幅広い年齢層の様だ。


「危なくなったら手を出すから、出来るだけ自分達の力で頑張ってくれ」


『分かりました! アタシ達の頑張り、見ていて下さいね!』


「いや、ながら見になるから。危なかったら声掛けてくれると嬉しいかな」


 レオナからの苦情が聞こえてくるが受け付けない。今は魔法に集中したいのだ。


「危なくは無いと思うけどなぁ……」




――――


「先生! 先生ったらぁ! 聞いてるの!?」


「やめておきなさいな、ザインさんも忙しいと言っていたでしょう?」


「そうだけどさぁ……」


 ザインからの応答が無い事に不満を抱きつつもレオナとキャロルは迷宮の奥へと足を踏み入れる。


「この辺りに魔物は居ないわね。流石に狩られ尽くしたのかしら」


「だね。せっかく先生からの加護があるんだし、奥の方まで行ってみようよ」


「本当に大丈夫なの? ザインさんが助けてくれるとはいえ……やっぱりこの辺りを周った方が良いんじゃないかしら?」


「大丈夫だって。先生に甘え倒して、アタシ達は遺物を集めまくろーよ!」


 相変わらず能天気で破天荒なレオナを鼻で笑いながら、仕方が無いとキャロルは後に続く。


 迷宮の入り口付近の構造は以前と変わらず、進めば奥へと枝分かれした通路が幾つも現れた。


「どれに進む? 人が少ないトコが良いんだけどね」


「基本的には左から順に攻略に行っているみたいよ? 腕に自信のある人は少人数で右かららしいわ」


「そっか……じゃあ、真ん中らへんは手付かずって感じなんだねぇ」


 ニヤリと口角を歪めレオナはずんずんと奥へ進む。


 少し足を踏み入れただけで周りの雰囲気は豹変する。外の面影は消え去り、緑色の光を滲み出させる坑道に姿を変えたのだ。


「うわぁ……すごいね。あの光は何だろう?」


「地図の無い迷宮……一体どれ程の魔物が……」


「そんなビビんなくて大丈夫だって! ヘーキヘーキ!」


「もう……少しは緊張感をね……」


 言うや否や、緑色に発光していた岩間から魔物が何体も現れる。


 緑色の光を体の隙間から発している岩の魔物。ゴーレムの群れが二人へと襲い掛かる。


 筋肉の様に躍動する岩という暴力。それが列を成し、腕を振り上げる。


「あー……助け呼んでみる?」


「……ちょっとは頑張ってみましょうか」


 ザインへの救援を切り捨て、二人は臨戦態勢へと移行する。


「『ウィンド・スィール』」


 幾度と無く頭の中に叩き込んだ魔法を発動させる。


『余分な魔力を入れようとするなよ。魔法に必要なだけ使うんだ。魔法にも許容量があるから、それ以上は必要無い』


 過去に言われた事を、言われた通りに反芻する。無駄な力を用いず、最効率で魔力を回す。


 翡翠色の魔力がレオナの片手剣へと奔り、切れ味を増大させる。


 剣に付与させた風を僅かに開放し体を前へと押し出す。例え前進する為の膂力として用いようとも、剣の付与は解除されない。これもひとえに一つの魔法を極め切った結果である。


『最初は色んな魔法を使いたいと思うのが普通だ。折角市販の魔法書には大量の魔法が記されているんだから、それを全て使える様になりたい。レオナもそう思った口だろ?』


 過去に教わった数々の授業を思い出す。魔法を極めた男から授かった知識を最大限活用する。


『けれどそれは使えるだけだ。ただ魔法を上からなぞっているに過ぎない。レオナ、理解しろ。極めろとは言わない。自分が使う魔法の事を誰よりも深く知るんだ』


 ――――そうすれば、魔法の方から応えてくれる。


「シッ――――!」


 地上を駆ける疾風は硬化した岩すらも両断する。例えCクラスの魔法であろうとも、上り詰めればこの程度の事など造作も無い。


 風を開放、加速、両断。それを繰り返す機構としてレオナは戦場にて機能する。


「凄い……何時の間に……」


 レオナの成長を目の当たりにしたキャロルも触発される様にして魔法を発動する。この場に於いて攻撃力は備わっている。ならば後はどれだけレオナが戦いやすい環境にあるかに重きを置くべきだろう。


「『アース・ウォール』」


 ゴーレムの動きを阻害し、尚且つレオナが蹴れる足場として岩の壁を造り出す。戦いやすい環境を整えるだけに強力な魔法は必要ない。ザインに習った通りに、当然の様に魔法を振るう。


「へへへっ、終わりィ!」


「ええ、楽勝ですわ!」


 軽くハイタッチ。戦闘終了の合図は子気味良く奏でられ、残されたのは岩の残骸だけだった。


「楽勝楽勝! このぐらいだったらガンガン行っても――――」


 ガコン。レオナが一歩踏み出した時に聞こえてきたのは不気味な音だった。坑道の背景から文字通り滑り落ち、レオナの体は遥か下方まで持っていかれる。


「レオナッ!?」


「ああぁぁぁぁぁ――――ッ!?」


 徐々に小さくなっていく声にキャロルは抵抗出来ず、ただレオナが落ちていった穴を見下ろしていた。


「……まあ、ザインさんがいらっしゃれば大丈夫……の筈……」




――――


『わっ、わあぁぁぁぁッ!? せ、先生ぇぇぇっー!』


 視界の端に捉えていたレオナからの呼び出し。坑道を滑り落ちた先には緑色に発行する毒沼が張っているらしい。


「はいはい……」


 空気を固めて沼へ蓋をする。いかにも原始的なデストラップだなと言わざるを得ない。


『あ、ありがと先生ー! 死ぬかと思ったー!』


「気をつけろよ、ホントに。出られそうか?」


『えっとねぇ……ちょっと待って下さいね』


 何とも能天気な返事だ。今しがた死にかけたというのに、元気が有り余っている様で何よりだ。


『道がありましたっ! とりあえずこっち行ってみますね?』


「暫く見てるよ。安心して進みなさい」


 話半分で聞いていたが、恐らくレオナがいるのは未攻略部分の迷宮の筈だ。周囲に人が居らず、トラップの解析も進んでいない危険地帯を一人で居る。


 流石の俺も魔法の創造だのと言っている状況ではない。だが、レオナが不安に思っていないのならば力だけの介入で問題無い筈だ。


『先生、さっきの足場作るヤツも風属性って事ですか?』


「レオナの得意な付与をベースに発動するのならば、風を空間に付与したってところだな。想像力だ、考えたまえよレオナくん」


 迷宮に満ちる魔力の流れを読む。周辺にはトラップの心配は無いが、少し先で何者かが魔物と戦闘を行っているらしい。


『んん? なんだろ、この先で音が……?』


「誰かが戦ってるらしいな。優勢みたいだし、救援は必要――――」


『ホントですかっ!? 助けに行かなきゃっ!』


 おお弟子よ、話を聞かないとは情けない。無碍にされた先生はとても悲しいですよ。


『『ウィンド・スィール』!』


 俺の教えを受けてきちんと魔法を発動出来ているな。これならば今創っている魔法もすんなりと適応できそうだ。


「……?」


 レオナが魔物を切り裂き、一人で戦っている男へと救援に入った。その男が視界に入った瞬間から違和感が止まらない。


『大丈夫ー! 魔物はやっつけたけど、怪我は無い?』


『…………ッ!?』


 魔力が歪んでいる。色や形として認知が出来ない。奴の纏っている紫の外套に原因があるのだろう。恐らくは遺物、それも魔力を誤認させるタイプの。


 では何故それをこんな所で着ているのか。偶々迷宮で手に入れたからというのも理由としてはあるだろう。迷宮の更新日なのだから、物珍しさから纏ってみたとしても違和感はない。


 だがもし、身分を明かしたくない物がソレを用い迷宮に潜っていたとしたら。目当ては新しい遺物か、または入り込んだ冒険者から金品等を強奪する為か。


 何はともあれ、警戒しておくことに越した事は無い。


『わっ、わわっ!?』


 しかし思惑とは別に放たれたのは炎の壁。そして男は慌てて走り去り、迷宮の奥まで逃げて行ってしまった。


『え、ええ……? 何でぇ……?』


「……逃げたな」


 奴の狙いが何かは分からないが、俺が見ている内は問題無い筈だ。脅威には成り得ない。


 その後は特に危険は無く、キャロルと合流し、レオナは迷宮の探索を終わらせた。

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