窓から出たら異世界だった。美少女になりたかったのに、美少年になって獣人に囲われ可愛がられる

buchi

第1話

うちの学校は中高一貫校。ただし、小学校も大学もついている。正確に言うなら、小中高大一貫校だ。


勉強はしなくてよかったけど、だからって楽しいとは限らない。


どう間違っても、決して甲子園にはいけない野球部や、たまにコンテストに出る合唱部にでも入っているならとにかく、あとの連中は、たいていだらだらしていた。明言しにくい○○同好会とか、イロイロあるにはあるらしい。校風が合わず全部はみ出しちゃった私は帰宅部だった。



その日、身長公称170センチ、体重約60キロ、分厚いメガネの私は、キライな古典をさぼって、人気のないローカをコソコソ移動中に、授業中のはずの古典の教諭本人(男)が歩いてくるのを発見して目が点になった。


なんで、こんなとこを歩いてんだ、この先生。


しかも、先生お気に入りの女子の声が数名分聞こえる。まずい。


先生はこっちの顔を覚えてない可能性がある。人数が多いからな。

だけど、女子の方はいくらなんでも同学年の顔くらい、見覚えがあるかも知れん。


とっさに、連中が角を曲がる前に、階段下の掃除具置き場の小さいドアを開けて、デカい体を押し込んだ。


そおーっとドアを内側からドアを閉めると、なんでか知らんが、カチッて音がした。


カチッ?


先生と危険な女子が行き過ぎた後で、ドアを開けようと頑張ってみたが、絶対に開かなかった。


私は真っ青になった。


どうせ、午後になれば掃除当番がやってくる。


そいつらがドアを開けてくれるから、命に別状はない。

だけど、カッコ悪くないか? これ。


あれこれ試した挙句、結局、私はギブアップして考えた。確か、ドアの反対側には小さい窓があったはず。


トゲトゲのカイヅカイブキが植わってる運動場側に出られるんじゃないか?


真っ暗な中、掃除用具の間を這って進んで、あった! アルミの窓をスッと開けて、私は何の苦もなく、するりんと異世界に行ってしまったのだった。




「自分から、こっちへ入ってきたんだから、自業自得だな」


見上げるような大男、というか半分人間で半分が馬みたいな化け物が立っていた。


もはや、体が震えて動かなかった。


動物園でも見たことない。


顔だけは毛深い人間の顔だった。茶色の目がでかい。


「あらあ。きたのね」


今度は多分女だ。

やっぱり下半身は馬っぽいけど。


「ダメだ。こいつは俺のだ」


最初の馬人間が言った。


えっ?

所有権争い?


そこは青々とした草原が広がっていて、向こうの方に森が見えた。合間には可愛らしい小さな家が建っていた。


さらに向こうには薄青い連峰が見え、手前には柵があり、畑がうねうねと広がっている。


まるで一幅の絵のようだ。


「何見てんだ」


急に馬人間は、手を伸ばすと私の顎の下をくいっと持ち上げた。

その目が嬉しそうに笑った。


「かわいい」


何言ってやがる。


自慢じゃないが、生まれてこの方、かわいいなんて言われたこと、一度もない。


デカイとか、背が高いとか、頼もしそうとか、褒められたことはあったけど。


「かわいいー」


馬人間女も目を細めた。


なんだと? お前ら、目ェ腐ってんのか。


「どこがかわいいんだ。目、悪いのか」


思わず言った私は、自分への評価は公正な人物なのだと思う。はなはだ不本意だけども。


「うわあ。かわいいー。なんてかわいい男のコなの? バグス、私にちょうだいよ」


「ダメだ。オレの罠にかかった獲物だ。だからオレんだ」


待てっ


今、なんつった?


「お金なら払うわよ。そんなか弱い男の子、役には立たないわ。愛玩用にする気なの?」


「自分も上手い罠を張れよ。出来ないからって、人の獲物を狙うな」


バグスと呼ばれた馬人間は軽々と私を抱き上げて、馬女には目もくれず歩き出した。なにをするっ


連れ込まれたのは、バグスとやらの家だった。

やさしく床に降ろされて、私は目を白黒させた。


「お茶、飲む?」


「………」


家の中は、七人の小人の家が現実にあれば、こんな感じかなあ?って言う素朴さだった。ただし、小人ではなくて大男用だ。椅子に座ると足の先しか床に届かない。


出されたお茶のティーカップは年季ものだが、独特な味のある品だった。


おいしい。いいお茶だ。思わず言った。


「香りがいいな」


馬男はなんだか嬉しそうだ。


いや待て。お前は、ではない君は、てか、あなたは勘違いしている。


「勘違いなんかしてないって。かわいいなって思っただけなんだ」


「いや、私はそもそもかわいくないし、それに、誤解があるようだが……」


そこで、私は口をつぐんだ。


ほおひげと言い、図体の横幅と言い、どう見てもオッサンにしか見えない馬男とふたりきり。男の子で押し通した方が危険性が少ないんじゃないだろうか? えーと女子高生なんだし?


真剣に見つめていたら、馬男は顔を総崩れさせてニヤけてきた。ヤバい。キモい。


「そんなかわいい顔で見つめられたら、どうしたらいいんだ。最高なの釣り上げちゃったよ〜。カワイー男のコだよなー」


制服、スカートですけど? 理解してます?



しかし、夜、私は衝撃的な事実を発見してしまった。


「さっ、こっちに着替えろよ」


照れっ照れのバグスが、投げてよこしたパジャマ?に着替えようとした時、やっと気がついた。

男になっていた。




翌日は、村の中へ連れ出された。

いろんな動物が出てきた。全員、言葉が喋れる。


なんかの種類の鳥の獣人(ケモノじゃなくて鳥だけど)を見かけて、「l’m from 異世界」と言ってしまった。「なに、それ?」とクビをかしげられ、初めて英語なら何でも通じると思う病に自分がかかっていたことに気がついた。しかも途中から日本語。


真っ赤になったら、バグスがとても嬉しそうに笑った。


「たっまーにワナにかかってくるんだよね。異世界モノはカワイイからなあ」


サカナか鳥が罠にかかったみたいな扱いだな。


「かわいくないよ!」


私は言った。


その場には十人くらいも集まっていただろうか。全員がプッと吹き出した。


長老的な存在らしい凶悪そうな熊男がよだれをたらさんばかりに言った。


「ほんとにかわいいな。自分を見てご覧よ。鏡があるから」


熊男は片手に私の尻を乗せて持ち上げると教会へ連れていった。


石造りの古めかしい建物が教会だった。中は薄暗く、ベンチがいくつも並べられていた。


「大鏡がある」


壁の鏡には人影が映っていた。


熊男と、それから白い顔色をした大きな目の少年。細くすらりとした体つき。クシャクシャと巻いた栗色の巻き毛が頭を覆っている。


儚げな美少年だ。これが、私?

どうせなら美少女になりたかったのに。


「これから、私はどうなるの?」


おそるおそる熊男に尋ねてみた。


「それは所有者に聞かないとな」


もしかして、奴隷なの?




そのあと数日、バグスを手伝ってみたが、バグスの力は恐るべきものだった。馬みたいだ。

やっぱり私は愛玩用なのか。


「ねえ、なんで罠を張ったの? 私、力仕事ダメだよね」


バグスの目に警戒心が浮かんだ。罠を張るのは禁止されているのか?


「心配するな。ずっとここにいろ。嫁にしてやる」


いやいやいや、遠慮したいです。


「私は男だから嫁にはできないよ?」


バグスはキョトンとした。


「一緒に暮らす相手のことを"嫁"と言うんだ。男でも女でも関係ない。お前はまだ幼いが、大きくなったら……」


まさかの嫁育て? じっと熱く蕩けるように見つめるバグスの目が怖すぎる。急いで話題を変えた。


「明日、町まで連れてってくれるって言ってたよね?」


「あー、服買ってやる。リリカ」


男だがリリカだ。本名だからな。仕方ない。誰だ、こんなかわいい名前つけやがって。ウチの親だけど。


「その服はどう見ても、異世界からきましたって感じだからな」


確かに制服のままはおかしい。




町もズートピアみたいだった。


町中、動物だらけで、全員、顔は人だった。

そしてデカかった。


みんながジロジロ見てくる。小さくなって歩いていると、バグスに励まされた。


「みんな、見とれてるんだよ」


「えっ、何に!?」


「お前にさ。だって、こんなにかわいいんだもん」


とろけそうな笑顔で言われて、心底、胃が痛くなった。ほんとはかわいくもないし、少年でもない。



町の服屋も顔色が変わった。


「これはまたお美しい……」


服屋は丸メガネをかけた羊だった。


ヤツは上から下まで舐め回すように見つめると、ゴソゴソと何点か服を引っ張り出してきた。


ここらでは、ピッタリした半ズボンと派手な上着が粋らしい。そうなの?


「とりあえず、試してみませんか?」


買う金がないので困ったが、バグスがニマニマしながらうなずいている。


仕方ないから服屋に安いのにしてくれと頼んだ。羊はとんでもない、みたいな顔をしていたが、自分の金じゃないのでと言うと、感激して泣きそうになった。


とりあえず、出来るだけ地味な、安いのにしてもらって着て出ると、バグスは、何を着ても似合うなと言いながら、もっと別の服もあったはずなのにとか余計なことを羊と相談し始めた。


「薄い青の生地のがあったと思うんだが」


「ございました」


「あっちの方が似合うんじゃないか?」


「手前もそう思いましたのですが、お客様が地味な方がよいとおっしゃられまして……」


「そんなことはどうでもいい! とにかく着せてみてやってくれ」


えー、なんか面倒くさいことになってるような。しかし、その時、私は目が、もう本当に点になった。


店内に、とんでもない美少女を見つけてしまったからだ。


「こんなん、着たくない!」


純粋なブロンドの髪に白い肌、ほっそりとした美しい手足、まるで人形のようだ。


ピンクと白のレースのドレスを着せられた美少女が、背中の曲がったラクダのオヤジに、駄々をこねている。


羊のパートナーと思しき、首の周りに巻尺を垂らした山羊っぽいのが、しきりとなだめていた。


「お嬢様は、こちらはお気に召しませんでしたか?」


「そんなに可愛いのに、何を言ってるんだ」


ラクダは少し苛立った様子だったが、赤らんだ頬の美少女がチラ見すると、たちまち顔がほころんだ。


私が驚いたのは、だが、そこじゃない。


お嬢様の脱ぎ捨てた服だ。


ウチの学校の制服だった。


「バグス、あの子……」


バグスが具合悪そうに目を逸らした。


「ああ」


「もしかして! バグスが?」


「妬くな」


妬いてない!


「また、あの罠か?」


「お前だけだ。一生大事にする」」


違う! なに勘違いしてんだ。


「あいつ、いつ来た?」


「一週間前に……心配するな。お前の方がかわいい。男だし」


私は女だ!


「だから、譲ったんだ」


譲った? てことは奴隷なのか?

やっぱ、奴隷なのか?


「違う、違う! マルランは親友で絶対大切にするからって言うから譲ったんだ! ただ、あの美少女が……タクマって名前なんだけど……ちょっと馴染みが悪くて」


タクマ……。男か。だろうなー。制服、ズボンだもん。


「何人目なんだっ」


「やー、まだ二人だよ。でも、リリカは馴染んだし」


それは、私が男みたいな女だったからすぐ馴染んだだけの話で、フツーは、ああだ。タクマみたいに反抗するに決まってる!


「あの子と話していい?」


「ダメだ」


あわてたようにバグスは言った。


あやしい。


「タクマ!」


大声で怒鳴った。


ラクダのマルランも、服屋の羊もヤギも、全員びっくりして私を見た。

タクマも涙目の顔をこちらに向けた。




美貌は罪だ。


こっちを見られた途端に、心臓を撃ち抜かれた。


長いまつげに涙がたまっている。なんて色っぽい目元だろう。


男も女も関係ない、バグスの言った言葉は真実だ。かわいいは最強。



こっちも固まったが、向こうも固まった。


そして、徐々に顔が赤くなっていく。


「ダメだ、ダメだ!」


我に返ったらしいバグスが割り込んだ。


「あーっ、ダメだ! お前ら異世界人はキレイすぎるんだ。お似合いかもしれないが……」


「待って! ちょっと話をさせて!」


「絶対ダメだ。話なんかしたら、オレの家に帰らなくなっちゃうんだ」


「帰るから」


「ダメだよ。それで向こうの世界に戻りたがるんだ。せっかく、手に入れたのに。大きく育つまで待っているのに」


バグスがなんか、怖いこと言いだした。


「あれ、食べるつもりじゃないよね?」


私はタクマに聞いてみた。


「物理的に食べるってことじゃないと思う。童貞を卒業させてくれるとか」


「あなた、今、女ですよ?」


一応、注意した。一週間前からずっと女になるのを頑強に拒否しているのか、なかなかやるな、タクマ。私なんか初日から馴染んだのに。かわいいな。


「お前、今、かわいいなとか、思ったろ?」


「う。その顔じゃ思わない方がおかしいよ。すごい美少女だよ。それより、あんた誰? おんなじ学校だろ。制服一緒だったもん。男の子だよね? タクマさん」


「ええ?」


美少女は驚いた様子でこっちを見た。ああ、グッとくる。


「私はリリカ。女の子だったんです」


なんだろう。この違和感ありまくりの自己紹介。


タクマは私を見て赤くなった。


「オレは男なのに、今、ずんばらしい美少女になってんの。狙われまくって。だけど非力だから、抵抗できなくて、ラクダの野郎の言いなりなんだ」


「あ、今、いいこと、思いついた!」


「何? 戻れるのか?」


「制服、交換しよう。スカートあるよ。私、今ならズボンでいいし」


殴られた。


「まじめにやれ! 帰りたいんだ!」


思うに鍵はバグスが握っている。

罠を張ったのはバグスだ。

どんな罠なんだろう。


私は大人しく服を買って、バグスに連れられて帰ることにした。


「まずいなあ。どうしてあの子に会っちゃたんだろう」


バグスがぶつぶつ言っていた。


「まあ、いいか。やっと、ちゃんとした服が買えたしな。お前のために」


イチイチ「お前のために」とか強調するの、やめてもらえませんかね?



だが、戻ると、家の扉の前で、以前に会った馬女が興奮した様子で待ち構えていた。


「バグス!」


女は大声でバグスの名前を怒鳴った。


「また捕まえたわよ? 今度は女の子よ!」


よく見ると、馬女のそばに、ウチの学校の制服を着た美少女が打ちひしがれて座っていた。


「すごいわ、バグス! 大ヒットだわ!」


だが、バグスは困った表情になっていた。



今度の子はプラチナブロンドのストレートだった。制服には、1年生のバッジが付いていて、そしてまだ幼い顔立ちなのに、男子制服のボタンがはち切れんばかりの胸だった。


ああもう、これ、どうしよう……


「とりあえず、家にいれよう」


「そうよ! 入れないと……ねえ、こんなにヒットしてたら……」


馬女は声をひそめた。


「まずくない?」




プラチナブロンドが顔をあげて私を見て言った。


「あんた誰だ? うっ、美少年……」


「いや、こっちの世界に来たら、みんな美少年か美少女になるらしいから」


私はもう不愛想に答えた。


隣の居間兼食堂兼客間では、バグスと馬女がこそこそ話している。チャンスだ。


「まず、手を洗おう? あと、お茶でもどう?」


私は彼を台所に連れ込んだ。一体、どうなってるんだ?



「僕は、タクマ先輩のあとをついて行ったんです」


「タクマ先輩?」


「あ、僕、野球部なんです。スズキ・ジュンロウって言います。タクマ先輩は野球部のキャプテンで、背が高くてたくましくて僕らには憧れでした」


そのタクマ、今は美少女だけどな。


「それで?」


「僕は先輩を見かけたんで、ついて行きました」


ストーカーですね。


「先輩は、階段下の掃除用具入れの中に、えーと、場所は……」


スズキ・ジュンロウは掃除用具入れの場所を説明したがったが、私はその話をショートカットした。


「先輩が中に入って行くじゃありませんか。1時間待っても戻ってこないので、僕も入ってみることにしたんです」


ストーカーですね。


「で、このざまです。僕、どうしたらいいんでしょう」


それは私も聞きたい。


「ちなみにあなたが掃除用具入れに入っていったことを知っている人はいるの?」


「1年の野球部員全員が……」


なにか悪夢の予感がした。



私はスズキ・ジュンロウにお茶のカップを押し付けると、居間兼食堂兼客間の声の方に神経を集中させた。


「あれは違法よ」


「わかってる」


「時空を繋いでしまうだなんて。偶然かも知れないけど、これ以上異世界人が入ってきたらごまかしきれないわ」


「わかってる。要らないやつは返そう」


「タクマは難しいわ。こっちの世界に慣れる気がない」


「リリカは手元に残しておきたい。かわいいんだ。おとなしいし」


「さっきのプラチナブロンドはどうするつもり? マルランに渡す?」


「マルランからは金をもらっているしなあ。代わりを渡した方がいいかもしれないな、タクマを帰すなら」


やっぱ、奴隷じゃないか。


「カネか……」


私はつぶやいた。



その時、もう夜遅かったのに、大勢がガヤガヤ話す声と、激しく家のドアをドンドン叩く音がした。


「バグス! バグス!」


興奮した声が怒鳴っている。


「開けろ! 開けてくれ!」


何事だろう。私も台所のドアを少し開けてのぞいてみた。


そして、文字通り言葉を失った。



ドアが開いて、美少女が十人ほどなだれ込んできたのである。


イチゴブロンドの美少女、ハニーブロンドの美少女、黒髪や薄い茶色もいた。艶のあるストレートや巻き毛の品種、はち切れんばかりの豊胸や、スレンダーだが豊胸とか、肌が浅黒いのにブロンドだとか、色が白くて黒髪だとか、ありとあらゆる種類の美少女がそろっていた。


そして、全員がウチの学校の男子の制服を着ていた。


「スズキ・ジュンロウ! 野球部の1年生って何人いるの?」


「あ、まだ正規の部員じゃない人もいます。見学だけとか」


スズキは細かく説明し始めたが、私は怒鳴った。


「いいから、掃除用具入れのこと知っている人は何人くらいいるの?!」


「ええっと。1年生は15人くらいだと思いますが、2年生も知ってるっぽかったから……あ、3年生も知っている人が……」


サッカー部に続いて我が校最大派閥の野球部が、ぞろぞろ掃除道具入れの小部屋にもぐり込んでいる様子を想像すると、頭痛がしてきた。


都道府県大会で2回戦に出れたことがないくせに、どうしてそんなに無駄に部員が多いのか。



バグスと馬女は呆然とし、村人は我も我もと押し寄せた。


「俺はあのイチゴブロンドがいい! 頼むよ、バグス!」


「さっきの黒髪! いくらにするんだ? バグス」


私は、バグスと馬女を手伝って、美少女を全員家の中に収容すると、腕組みをして二人をにらみつけた。


「どうするつもり?」


「どうするって……」


「どうして女言葉なの? リリカちゃん」


馬女が聞いてきたが、今、突っ込むべきはそこじゃないだろう!


「この大量の美少女、どうするのって聞いてるのよ?」


「売るのよ!」


急に馬女が勢いづいた。


「高値で!」


「違法だって、さっき言ってたじゃないの」


「それは……。でも、罠は仕掛けても仕掛けても、作動することがなかった。こんなにうまくいった罠は外すのがもったいなくて」


バグスはぐずぐず言った。


「もったいなくってって……それはお金の話?」


バグスはちらりと私を見た。


「そうとも限らない。でも、ほかの美少女は……」


「ねえ、お金が問題なら、もっといい方法があるわ」


私は悪魔のような微笑みを浮かべて言いだした。

悪魔のような微笑みとは、自分で言ったわけじゃない。後になって馬女が名付けただけだ。


「そして、跡が残らない方法」


バグスと馬女が懐疑的な視線を私に向けた。


「お金になる異世界人を紹介してあげる。宝石とか真珠で利用料を払うわ。どう?」


私の世界なら養殖真珠や本物と区別のつかない人造宝石がある。


他にも薬なんかもあるが、半分動物の彼らに効くかどうかよくわからない。即物的に喜びそうなものの方がいいんじゃないか?


「宝石? ダイヤとか?」


馬女が食いついた。


私は鷹揚にうなずいた。




結果としてバグスは同意した。


私は、タクマのところに行く許可を得た。今考えているプランだと、帰宅部で影の薄い私より、野球部主将の彼の方が有望だ。


「コスプレ遊び?」


タクマは首をひねったが、私は真剣に力説した。


「需要は絶対あると思うの」



私は残り、タクマ以下野球部員は、学校の掃除当番の手によって、元の世界に繋がるドアを開けてもらうことが出来たのだった。



ドキドキしながら待っていた私のところに最初にやって来た客は、すらりと背が高く、冷たく整った顔立ちに、あふれんばかりの色香を漂わせた豊満な美女だった。


校長だった。



次に来たのは、長めの髪が顔にかかり、烱々とした眼差し、すっとそびえた鼻が印象的な男性だったが、クラッときたのは六つに割れた腹筋だった。


PTA会長だ。



解説しよう。

ウチの学校のような私立校のPTA会長は、くじ引きで不本意ながら当たったのではない。立候補制で、それなりの熾烈な競争を勝ち抜いて得た立派な名誉職だ。なにしろ有閑マダムが多いんだから。ウチの母? パートに出ている。



「ようこそお越しくださいました」


私は一礼した。


バグスと馬女は、呆然として妖艶な校長を見つめている。


「美少女もいいが……」


バグスが言い出した。


「妖しげな魅力が……」


バグスの趣味はよくわからない。


「憧れる。憧れちゃうわ……」


二人ともそっちなのか。仕方ないなー。


私は趣味じゃないがPTA会長の機嫌を取ることにした。


「ようこそ」


そしてイケオジの手を取ると、そっと頬に押し戴いた。


手にキスするのは、衛生上問題があると思うんだ。

効果から言うと、こっちの方が爆弾だろう。


会長のイケオジはみるみる頬を染めた。


そうだろう、そうだろう。今の私は破壊力抜群の美少年だからな。このイケオジの中身は、メガネをかけたBMI30超えのオバサンだ。


少し離れたところから、押し合いへし合いしながら見物していた獣人達が叫び始めた。

遠く町から参加した者もいる。


「見せつけるのはやめろ!」


「早く! 早くセリを始めろ!」


私はPTA会長の手を離した。


「それではお楽しみのセリを始めましょう!」



このコスプレイベントは、性別が変わって、超美しくなった自分をまずは鏡で堪能し……


「これが……私?」


二人とも、自分の姿に悶絶している。



次に村人や町の人たちの欲望の的となって、セリにかけられる。


一枚ずつ脱いでいただき、寸止めのところで、セリの最終の槌音を響かせる。


美貌を買われた奴隷気分が味わえる。校長や金持ちのマダムには刺激的らしい。


拍手喝采付き変身料として、人造宝石を支払えばいつでも解放される仕組みだ。




「結構な人気らしい。コスプレ遊び。6か月先まで予約で一杯だそうだ」


「趣味悪いな」


「思いついたのあんただろ? でも、バグスがそろそろ飽きちゃって、もう止めたいらしい」


私は無事帰還して、タクマと駅の近くのスタバにいた。タクマに誘われたのだ。


「美少年のリリカだけは手元に残しときたかったって」


校長あたりから聞いたらしい。


野球部主将のタクマは、実は背の高い細マッチョだった。

それが、ちんまい美少女だったんだから笑える。


「なんで掃除道具入れなんかに入ったのさ?」


タクマが興味津々と言った様子で聞いてきた。なんで、そんなことに興味を持つ? 彼は目元が涼やかな整った顔立ちだった。きっとモテるのだろう。


「古典が嫌いで」


「は?」


「サボっただけ。向こうから古典の先生が来たから隠れた。あの掃除道具入れに」


彼は笑った。私はちょっとムッとした。


「そっちはなんで掃除道具入れなんかに入ったの」


「好きな女の子が入っていったもんで、チャンスだと思ったんだ。ついて入った」


「へ、へえー?」


意外だ。キレイな顔してるくせに、女子不足なのか。。


「すごくかわいい女の子で、ストーカーしてた」


ストーカー多いな、野球部。


「メガネを割っちゃったところに通りかかって、素顔がかわいくて、それ以来気になっててさ」


メガネ、割るヤツいるんだ。ま、私も割ったことあるから大きなことは言えないが。

それにタクマはメガネ女子好きか。意外だ。他にもいるかもしれん。期待しておこうかな、自分もメガネ女子だし。



コスプレ事業も一段落したし、無事に戻れた。


階段下の掃除用具入れが異世界に繋がっていただなんて、まるで嘘みたいだ。


こっちの世界が嫌になったら、もう一度行ってみたいな。

青い連峰の向こうには何があったんだろう。


「じゃあ……話、終わったし」


帰ろうとした途端、ぐっと腕を掴まれて、椅子に押し戻された。


タクマが私を見つめている。


「あんたの後、すぐに入ったんだよ」


「は?」


「あんたのあと、付けてったんだ」


「え? 私?」


私は、かわいくなくて、背が高くて場所ばかり取って……そんなこと、ありえない。


タクマはそっとメガネを取り上げた。ビクッとした。


「とってもかわいい。とっても」


「わ、私は……背が高すぎて、大きすぎて、男子ウケしない!」


「オレの方が大きい」


それに、とタクマは付け加えた。


「感謝してくれ。あの時、オレが後からついてかなかったら、永遠にあの世界にいなきゃいけなかったんだ」


茫然とした。それはそうだ……けど。


「だから、オレと付き合って。感謝の証だ。それとも、やっぱりオレのこと嫌い?」


最後はお願いするような調子だった。笑ってしまった。


……だけど涙がにじんだ。ずっと言って欲しかった言葉だった。可愛いって。


「いや…その…嫌いじゃないから」

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